SIEGE PERILOUS - ストーリー
モンデインの要塞を去った時の私はもろく、燃えるようなのどの渇きがなければ、すぐにでも地上に降りて死者のように眠り続けただろう。しかし、その自分でも驚くほどのエールとワインへの願望が、一本の剣と小さなバッグ、そしてクリスタルの破片(シャード)だけしか持っていない私を安全に登り切らせてくれたのだった。
それぞれの破片の中には、小さなポケットの中で揺れる鏡のように様々な方向に動く「それ」を見ることができた。それはまるで、ニスタル (Nystul)がむかし見せてくれた光りの角度によって道化師や戦士達が踊ったり、動いたりする子供のおもちゃのようでもあった。しかし、よく見るとそれはまったく違い、破片の中に見える動きはそれぞれが異なっていて、他の破片と影響し合い、それ自身が光りの中にあるようにも見えた。
ロード・ブリティッシュ城についたとき、私はモンデインが破れ、その邪悪な魔の手がこの土地に伸びる日が来ないことをようやく確信することができた。不死の力を持つ珠玉が破壊された今、ロード・ブリティッシュ(Lord British)は悪の企みから抜け出せたと実感している。珠玉の破片をニスタルの目前に差し出すと、彼はとたんに魅了され、今見たものを調べようと足早に自分の部屋へ姿を消した。
破片のことは長い間忘れようと努めてきたが、遙か年月が過ぎて再びロード・ブリティッシュを支援することになった時、他にもその存在を忘れてはいなかったことが解った。ロード・ブリティッシュ城に着いた私の身体は疲れていたが、邪悪な魔の手がこの土地に伸びる日が来ないと信じられたあの日と同じように気持ちは晴れていた。ニスタルでさえも世界を覆っていた悪の呪文が二度と復活しないことを固く信じていたが、珠玉の破片のことを彼に訊ねたときには、目に見えて動転した彼は早々に書斎へと足を踏んでしまったのだった。
次の週にはロード・ブリティッシュと共に、ワイン、肉、そして財力に酔いしれて過ごしたが、ある朝、私がまどろみから目覚めるのを待っているニスタルが部屋の中にいた。顔を洗って書斎へ来るよう彼に急きたてられた私は、その言うとおりにしたが、もちろん書斎へ向かったのは心のこもった暖かい朝食の後である。そして、古い書籍や巻物で埋め尽くされ、特殊な試験管や不思議な液体の入ったビーカーなどが並ぶ彼の書斎をいつものように見つけた。部屋の一方の壁にある大型のテーブルの上では、ネズミが目が回ったかのようにガラスの迷路の中を駆け回わり、そして、迷路の傍らにはニスタルの猫、キンディーラ(Kyndeera)が座ってネズミの仕草に心を奪われていた。
部屋の反対側にはニスタルが腰掛け、私が登場するのを待っていた。その前のテーブルにはどの角度からでも手を触ることなく観察できるよう、針金のスタンドに支えられた大きめの珠玉の破片が乗せられていた。私はその破片がどれほど美しいかをすっかり忘れてしまっていた。彼はもっとそばへ来るよう手招きしたので足を進めたが、私の立っていた10歩ほどの距離からも破片の中の「それ」が動いているのを見ることができた。さらに近づき、ガラスのはめられたニスタルのマジック小型望遠鏡を手にして、珠玉の奥深くを覗いたのだが、私は自分が目にしたものに対する驚きに言葉で表すことはできなかった。
それは、ブリタニアだったのだ。今私が立っている場所と同じ、私がロード・ブリティッシュだけの領土だと信じ、珠玉の破片の中を見ているこのブリタニアがそこに存在するのである。そして動いている!それは驚くべき事であった。ユーの郊外では農夫が仕事に精を出し、パラディン達は戦いのために訓練を行い、その戦うべき相手のオーク(Orc)連中がコーブの外れに見える。いくつもの船が海を航行し、ドラゴンがミノック北部の洞窟に突進していった。それは非常に小さかったが、ニスタルの望遠鏡を使ってすべてを目にすることができた。
「これは一体何を意味しているだ?」私はニスタルに問いかけた。彼は他の破片を身振りで示すと、ようやく口を開いた。それはまるで自分の口から出る言葉の一つ一つを恐れるかのように。彼の発見は彼自身を弱らせ、その言葉はさらに彼を弱らせていっているようにも思えた。ニスタルによれば、それぞれの破片にはブリタニアの世界そのものが複写されていると言う。それはロード・ブリティッシュ城、ダンジョン、ブラックソン城、そして神殿に至ってもすべてが同じように移し込まれた完全なものである。そして、彼はこの鏡のように反映された世界に、予想通り店舗や店員、宿屋や酒場に至るまでが、それぞれの破片の中に存在していることを見いだしていた。
しかし、それと同時に顕著な相違もあった。ニスタルは間延びした声で説明を続けた。ある世界ではガードによる保護が届かない危険な地域にタワーと城がそびえている、またある世界では殺人犯が木々の間を走り抜け、結果を恐れることなく無垢な人々を殺し続けているというのだ。彼はここ数日というもの、次から次へとこれらの世界を絶えず観察し続け、一つ一つの世界の運命を夢にも現実にも思い描いていた。その内容を決して私に話すつもりはないようだが、その代わりとしてベッドに倒れ込んで深い眠りにつくのである。
それは、後にロード・ブリティッシュが私をトロフィーの並ぶ部屋へ招いてくださった日でもあった。私は珠珠の破片のことをそれまでに忘れようと努め、宮殿の中で出来る限りのワインと食料を詰め込んだ。しかし、ニスタルがトロフィーの部屋でロード・ブリティッシュと言い争っているのに遭遇したことで、二人が私に気付く直前に私は現実の世界に引き戻され、それと同時に煌びやかなトロフィー部屋の真ん中に、あの破片の一つが飾られていることに気が付いた。私は漠然とそこに絵画が掛けられていたはずなのを思い出したのだが、それが何であったのかを思い出す前に、ロード・ブリティッシュの声に意識が向けられた。
彼は部屋の中に入って新しい「トロフィー」を見るよう命じた。珠珠の破片の中には、この世界で見られるブリタニア市民の日々の現実が歪められて写し込まれている。彼はそのトロフィーに大変満足しているようであった。ニスタルは尊大に接しているが、我らが君主は面前での冷静さを保って、頭を振りそれを否定した。私はしばらく破片を見つめていたが、やがてどの絵画が欠けているのかが解った。破片の置かれていた壇のすぐ下にあるプレートには「SIEGE PERILOUS」の文字が見え、それは私が初めてソーサリアへ旅立ったときに使ったムーンゲートの絵でもあったのだ。
ロード・ブリティッシュと何分間か破片について話をした後、彼はその中に存在する世界にどれほど興味を持っているかを説明した。「もし」彼は訊ねた。「破片の中の世界が現実であった場合にはどうなるのだろうか?そして我々もその現実の複製に過ぎないとしたら。あるいは我々の世界がより巨大な統治者の足によって崩壊することが宿命であるとしたら・・・」私は、すべての世界はそこに住むものにとっての現実であると素直に意見を伝えた。私は彼がその意見に同意しなかったことに驚いたが、彼は微笑んでうなずいて見せた。そして、ニスタルはぶつくさと独り言をつぶやいていた。
その後、ロード・ブリティッシュが呼び出されると、部屋には私とニスタルだけが取り残された。彼は途端に呪いと恐怖心を私に投げかけた。書斎に連れて行かれると彼はさらに他の破片を差し出した。それは世界の各地で戦争が勃発し崩壊している。そして、かつて私が世界を通して行われていたステイジアン アビスでの戦闘を観察していたことを思い出させるものであった。ニスタルは、私が十分に破片を見終わったと判断してそれを手にとって黒い布にくるんだ。
彼は細かいことは説明しなかったが、後でその破片を壊すつもりであると伝えた。破片の中の邪悪な運命がより過酷なものへと変化していくことを恐れていたのだ。そして、破片が同じ場所にあることで互いに影響し合うと信じて、私にそれぞれを引き離すよう依頼した。つまり、それらを破片の中に暮らす人々がそれをいつの日か認識し、一つにまとめることを再び思いつかないうちに封印すべきであると考えていたのだ。私は、Siege Perilousだけをロード・ブリティッシュ城のトロフィー部屋に残し、その他の破片を世界の果ての四隅に散らばせることを請け負った。
私はいくつかの破片を世界の果てにある森やあるいは山の中に分散するよう手筈を整えた。残りを船に乗せ、世界を巡って東と西の果てに飛ぶつもりだ。私にアビスを思い出させたあの破片がどうなったのかは知らないが、これまでと同様にニスタルを信じられるのなら、その破片にもいずれ世界の破滅が訪れるであろう。私は、時として今でもその世界に住む人々がどのような運命をたどったのかを思い描いてみることがある。