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覚醒 - 第七章

投稿日:2012年8月10日

その男が目覚めてからずいぶん長い時間が経つまで、機械は男に手をださなかった。そして、ついに機械は動き出したとき、あまりにも唐突だったので、男がもし立っていたならば、平衡感覚を失っていただろう……。それが始まるとすぐに、彼は瞑想の世界から引き離され、不快な気分に陥った。

「おめでとう、と言うべきなのだろうな、ロード・ブラックソン(Lord Blackthorn)」彼の称号は、機械音声でありながら、軽蔑と不満を見事に再現した発音で語られた。

「そうかね? この奇妙な場所からの脱出方法をまだ見いだせていない自分に、むしろ苛立ちを感じているのだが。とはいえ、お前の声が聞けて少し満足だ。つまり、お前もここに居るということだからな。だが……、私がここを調べている間、どうやって姿を隠しおおせていたのかまでは判らん。しかし、教えるつもりもないのだろう? エクソダス(Exodus)よ」ブラックソンは無関心を装った。この男は、やはり貴族なのだ。

「そうだ……、それにお前の様子を見ていて脱出の望みがないことは判った。身を隠すことなどたわいないことだ。ウォーロックよ、魔法を使えるのはお前だけではないのだよ。お前の持ち物が面白そうだったのでな……、気を失っている間に触らせてもらったよ」この言葉と共に、折りたたみ式の木箱が暗闇から飛んできて、彼らの居るこの小部屋の磨き上げられた風変わりな大理石の床の上を滑り、ブラックソンのブーツに当たって止まった。「これはお前たちのゲームなのだろう……」

ブラックソンは屈み、その小さな携帯用チェスセットを拾った。それは贈り物として貰ったものだ。象嵌された献呈の辞に沿って、すっと指をすべらせた。『盤面を挟み対峙すれど、我ら常に友情をもって手を伸ばさんことを。 -C.B.』ブラックソンが床に腰をおろし、盤を開いて駒を配置しはじめるのを見て、エクソダスは好奇心を抱いた。「エクソダス、お前とプレイするのも面白いかもしれん。それから……」

しばらくの間、聞こえてくる返答はブンブンと唸る機械音だけだったが、やがて生命体は彼の前に姿を現した。「私にはなんの得がある?」

ブラックソンはただ柔らかく微笑んだ。「情報、私と対決するというチャンス、退屈しのぎ、いろいろあるさ……。もしお前にその気があればな」

この悪魔のように巨大な機械は重くぎごちない動きで前に踏み出し、どうやったものか、足を折りたたんで体内に収納し、小型化した形状となってブラックソンの向かいに陣取った。「よかろう。ゲームを……、始めよう」

ブラックソンが最初の一手を繰り出した時、彼の笑みは冷ややかなものに変わった。

時間はその意味を失っていた。ギルフォーン(Gilforn)の産物と自身の魔法によって自分たちが送られたこの奇妙な次元では本当に時間が流れているのだろうか、それすらブラックソンには判らなかった。しかし、この機械生命体がチェスの腕を上げ、名人の域に届き始めていることは確かだった。ゲームを中断するのは、食べ物や飲み物を生み出す時と、休息を取る時だけだった。両者は盤上で駒を動かしていたが、何かこれまでとは違う感じが、今はしていた。

まるで雑談でもするかのように、エクソダスが話し始めたのはその時だった。「このお前たちのゲーム中にちょっとした会話を交わすのは面白いものだ。最初は何かの罠ではないかと疑っていた……。だが、お前は自分の言葉で相手を説得できると本当に信じているのだな。そして、お前たちの種族なら喜ぶつまらぬ話をお前は語るが……、その傲慢さがお前を滅ぼす」

ブラックソンは驚いた。この機械がゲーム中にこんな風に彼に語りかけてきたことなど今まで一度もなかったからだ。駒を指し、エクソダスの番だと仕草で伝えながら、何かの罠かもしれないと警戒した。「その推論には賛同しかねるな。私はこれまでも、そして今でも身を滅ぼしてはいない。私の世界に対するお前の企みの阻止に十分なだけのことは確実にやってのけたさ」

エクソダスは自分の番を終え、このヒューマンを見下ろした。「この程度のことで止められるほど私が弱いと本気で思っているのか? 確かに、お前に邪魔はされた……。だが、自分の状況をよく考えてみろ。食べ物と水を創るための秘薬はどんどん減る。私と共に閉じ込められたままだ。さらに……、次元を超えて外部に発信する方法も判らない。私は知っているがな。違うか? それとも、以前にお前に話しかけた時、お前の中から私が話していたとでも思っていたのか? フフ、お前の頭の中で歯車がフル回転しているのが見えるぞ……。その通り、お前が破壊できなかった機械たちと私は今でも接触しているのだ。もう一度準備するために、機械たちは忙しく稼働しておる」

ナイトの駒に伸ばされていたブラックソンの手は一瞬動きを止め、ナイトを動かして敵の駒の動きを封じた。「ハッタリだな。ここから出る方法を私が知っていると思っているなら、大間違いだ……。そんな方法があれば、ここに飛ばされた直後に脱出し、お前だけを閉じ込めていたさ。それにハッタリでないなら、ゲームにつきあったり、私の話を聞く理由などお前にはないはずだ」

「もちろん、その両方において私に目的がない限り、な……。知っているだろうが、私はお前の民に詳しい。お前と彼らの繋がりも検知できたのだ。知らないかもしれぬが、まだお前は尊敬される人物だったのだよ。ブラックソン、私の目的はお前の理想である混沌によって果たされるのだ……。他でもないお前を通じて私はそれを果たすつもりなのだよ。チェック(王手)」

ブラックソンは額に深く皺を寄せて思考した。盤上を見渡して取れる手を探し、ルークを使ってキングを危機から救った。「お前の提案などとっくに断ったぞ……。何を言おうと、考えは変えない」

ビショップを動かしてルークを取りつつ、エクソダスは騒音を発した。それが面白がっている笑いに相当する音であることがブラックソンには判るようになってきていた。「その言葉は信じよう。たとえ仲間が重んじている名誉と誠実をお前が重んじていないとしても。だからこそ、お前についてあらゆることを調べてきたのだ。お前から簡単に情報を……、無価値で私に知られても問題ないと思っている情報を引き出せるようにな。だが、その情報はそれ自身が極めて有用であることを証明したな。チェック」

今回のゲームは勝ち目がないことを悟ったブラックソンは、時間を稼ぐことにした。敵のクイーンから取られる位置になるが、クイーンを使ってビショップを取る。「私から得た情報のどれを使ったところで、私の考えを変えることなど無理だ」エクソダスの返答を待つブラックソンの空いた方の手は、秘薬袋をしっかりと握りしめていた。

エクソダスはゆっくりとクイーンを動かし、ブラックソンのクイーンを取った。「ヒューマンも機械と同様、部品の寄せ集めにすぎん。体と枠組み、臓器とエンジン、心と点火スパーク。自分は他とは違う特別な存在と考えるなど、傲慢なことだ。チェック」

負けは確定していたが、それでもまだ動かせる手が一つだけ残っていた。片手でキングを後退させ、もう片方の手は決然と秘薬袋を掴んでいた。「エクソダス、お前に抗う者を利用するなど無理だ。そして私は常にお前に抗う」

エクソダスは残っていたルークを動かす。「チェック……」と言いかけるや、目もくらむような速さでブラックソンから秘薬を奪い取り、床にねじ伏せたブラックソンの胸の上に重金属の足を置いて押さえつけた……。しかし、殺しはしなかった。「……メイト(詰み)。お前の民だけでなく、お前の魔法についても私はよく知っているのだよ。お前とこの場所の繋がりを検知できたのだ。言っただろうが。傲慢がお前を滅ぼすのだ。自分が死ねばこの次元は破壊される、だからいつでも好きな時に私もろとも破壊できると思っていたのだろう? その通りだ、そうやって私を抹殺することはできたかもしれん……。だが、お前は自分が支配権を握っていると考えていた。お前の利用については……、私はもう始めているのだよ。教えてやろう、お前の複製を製造しはじめたのだよ。それがお前になりかわるだろう……。お前の記憶、物語、野心、話してくれた全てを植えつけられてな……。だが、うんざりするほどお前が見せる気高さと慈悲、これは外しておいた。仮にあれが倒されたとしても、お前の評判は永遠に地に落ちる。それに、あれは人々を互いに反目させるだろう。お前の大切な王様が、もし友に対して間違った判断をしたならば、その王様は他でも間違っているかもしれないではないか? もちろん、お前は実際に見ることはできん……。私がここから出られるまで、安全に、そして健やかにここに居てもらわねばならんからな。お前の秘薬も残り少ないようだ……。そろそろ眠ってもらうとしよう。ロード・ブラックソンよ」こう言うなり、エクソダスは強力なエネルギーをブラックソンに放ち、全てが闇の中に沈んだ。

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