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覚醒 - 第六章 第二節

投稿日:2012年7月13日

かつては主君の偉大なる城であった廃墟に向かう彼の掌の中で、そのカギはきつく握りしめられていた。城壁は粉々に壊され、焼けた残骸が至るところに散らばっていた。だが、彼は在りし日の城の姿を心に思い浮かべ、目的の場所への道を見い出した。そこへ近づいていくと、黒ずんだ石の山の下に、魔法とカギで厳重に封印された区画があった。主君の城は、常軌を逸した群衆によって破壊され、略奪され、焼き尽くされていたにも関わらず、その区画は誰にも荒されていなかった。少しばかり苦労して、この道化師はカギのかかった扉の上から瓦礫を取り除いた。以前は、この扉の上に美しい装飾が施された絨毯が敷かれていたのだが、あれは今頃どこかの農家の床を飾っているに違いない。カギを手にしたヘクルス(Heckles)が目をやると、カギ穴を取り巻くルーン文字は一瞬明るく輝いたが、魔法のカギが魔法を解除するとその光も消えた。荒っぽい手つきでカギを回すと、錠前がガタガタと音を立てた。ドアを引き開けた男はセラーの暗い深みの中へ降りて行った。男の足音が階段に響く中、主君のワインセラー内にまだ何か潜んでいないか見ようと、彼は暗視薬(a night sight potion)を取り出して少し口に含んだ。

視界がはっきりしてきたが、少しばかり遅すぎた。空のボトルに足を取られた吟遊詩人は転倒し、思わずののしり声を漏らした。この痛烈な呪いの言葉も、男がどんどん呑み続け、ほぼ空になってしまっていたワインセラーに虚しく響くだけだった。立ち上がって埃を払うと、最近空にしつつある棚に向かい、最後の一段に残っているボトルを調べた。そこにはもう半ダースかそこらのボトルしか残っていなかったが、その中の変わった一本が彼の注意を引いた。密封されたそのボトルを手に取ると、主君がこよなく愛していたビンテージの一つであることが一目でわかったが、夜目が効くようになっていた彼は、そのボトルが置かれていた場所……ボトルが今まで隠していた場所に、小さな穴があることにも気付いた。より正確に言うならば、それはカギ穴だった。好奇心のおもむくまま、彼はポケットからあのカギを取り出し、ボトルがあった場所に腕を差し入れて回した。永く使われることのなかった蝶番がきしんだ音を立て、壁に作りつけられた棚がゆっくりと動いて彼の目前に口が開かれた。ヘクルスには自分が何を見つけたのかがすぐにわかった。足を踏み出したヘクルスは、ワインを呑みに来たはずだったのに、その場の光景に飲まれてしまったのである。

本当に素晴らしい宝石たちが放つまばゆい光だけが、唯一の光源となってこの隠し部屋を彩る金色の品々を照らしていた。暗視薬を飲んでいなければ、きっとこの部屋は煌めいて見えたことだろう。様々な遺物、大型書物、主君の個人的な記念の品々と共に、そこには素晴らしい宝石、ゴールド、魔法の武器や防具が収められていた。しかし、最もヘクルスの目を引いたものは、部屋の奥にある小さなテーブルの中央に置かれた黄金の金庫とその手前に置かれている一本のカギだった。その金庫を開けると、その中には証書類や図面、ルーン文字が書かれた紙片、古い試験的な呪文などしか入っていなかった。それらの中に紛れて、ブリテイン銀行が保証した巨額の通貨手形が何枚もあり、複雑なデザインの建築図面一式と思しき物も入っていた。この方面には明るくないヘクルスではあったが、地図記号を見てそれがどこで何を示しているのかくらいは理解できた……。それから、そこに手書きで書き添えられている見積金額のことも。見つけた小切手を数え直した彼の頭に、ある考えが浮かんだ。恐らくこれは帰還できなかった場合に備えて主君が用意されたものに違いない。ヘクルスがこの部屋と図面類を見つけ、主君の代わりに行動するだろうとお考えになったのだ。それに、もしそうではなかったとしても、少なくとも、瓦礫だらけの荒地のままよりは、この区画を利用したほうがずっとましだろう。

密かに頭の中でちょっとした計算をした彼の口元に悪戯っぽい笑みが走った。そう、それに主君はこうもお考えになったに違いない。「これだけあればヘクルスを救えるだろう……。死より残酷な運命である素面(しらふ)から」と。

※ 2012/7/17: 一部修正
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