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覚醒 - 第六章

投稿日:2012年7月3日

彼の足元の芝生は柔らかく、東から登る太陽の光をあびてキラキラと光る朝露に濡れていた。男の足は明確な目的地を目指しているようには見えず、あてもなくさまよっていた。見知らぬ土地、見知らぬ風景。道しるべも見当たらず、特別な建物も見当たらない……。だから、彼は放浪していた。まとったローブは引きずられ、彼が歩くにつれて裾がすり減っていく……。だが、彼は気にしなかった。ついに力を使い果たした男は、柔らかな草の上に膝をつき瞑想を始めた。答えが導き出されるかもしれない、あるいは道が見出されるかもしれない、と。男が周囲の匂いや音に慣れて来たとき、聞き覚えのない音が耳に入ってくるようになってきた。男はすっくと立ち上がり、ローブについた草を払い落すと、身体の向きを変え、苦痛の叫び声が聞こえた方角へ向かった。

しばらくの後、ようやく男の目に薄く立ち昇る一筋の煙が見えてきた。肉を焼いて調理する匂いが鼻に届く。ジプシーたちの居留地かなにかに辿りついたと思っていた男は、病と死を告げる物音を耳にして困惑し、足を速めた。アンクにかかげられた赤と白の看板を見て、男は立ち止まった。アンクの存在は、完全な異国の地にいるわけではないというわずかな慰めを男に与えたが、看板は男の心に困惑と好奇心を呼び起こした。

Quarantine Area! Danger! Entry Prohibited By Order Of Queen Zhah
[隔離エリア] 危険! ザー女王の命により、 立ち入りを禁ず!

隔離命令にふさわしい柵はあったが、門は無く、入り口を守るガードも見当たらなかった。本当に危険なのだったら、より厳しい措置を取れるのではないか? 看板によれば女王とされる「ザー(Zhah)」とは? 知るべき事は、男が想像していたよりもはるかに多く存在するようだった。

死の病と死にゆく者の咳と呻きが聞こえるほどに男は近づいていた。もう一度だけ看板を見やってから、看板のことなど意に介さぬ様子で大股で柵の中に入って行った。恐らくここの人々は彼の質問に答えられるだろうと男は考えていた。近づいていくと、目の前に横たわっているのがガーゴイル以外の何者でもなく……、しかも彼が今までに知っていたどのガーゴイルとも違うことに気づき、男は新たな衝撃を受けた。男はこの奇妙なガーゴイルを慎重に観察し、彼らに詳しくはなかったが、可能な限り心の中で症状を列記していった。このありあわせのキャンプを一通り見て回るため、さらさらの砂地を歩き、建物の角を曲がった男は、眼前の光景に青ざめた。肉を焼いているという当初の彼の予想は大幅には外れていなかったのだ。そこには火葬用の薪が積まれており、男が静かに見守る中、比較的健康そうな二人のガーゴイルの見張り番が、もう一体の生気を失った躰を薪の上に投げ上げていた。この光景に、男の口元は決意で引き締まった。知りたいという気持ちはあったが、それよりも先に成さねばならぬことを彼は悟ったのだ。



最初の試み、及び従来の治療法は全て効果がなかった。彼の魔法も、苦しむガーゴイルの治療には効果がなかった。このような方法で専念しつづけ、どれほどの時を費やしただろうか……。そして、彼の錬金術の知識を必要とする手法に取り組んでから過ぎた時は、それまでに費やした時間よりももっと長かった。それだけでなく、まるで基本の薬に取り組む錬金術師たちのように脇目も振らずに古典的手法に取り組んだ男は、新たな道を切り開くに至った。男は自身がたどり着いた手順を精査した。これで上手く行くという絶対的な確信はなかったが、今までで最も可能性が高いことはわかっていた。とはいえ、素材の幾つかは、仮に収集できるとしても危険を伴うものだった。ブライトボーンスライム(Blightborn slime)を見つけることが可能かすら男にはわからなかったが、しぶといオーク(Orc)とテラサン(Terathan)が根絶やしにされていることはあるまい。これに園芸家が採取できる砂糖(sugar)とバニラ(vanilla)を加えれば、治療薬を調合できるはずだった。

問題は病そのものにあると考えられた。進行を抑える薬ができても、病自体が常に変異を続け、いずれその薬が効かなくなってしまうのだ。つまり、この病に対しては絶対の治療法がないのだ。だが、同じ素材を用いて異なる配合率、手法で調合すれば、しばらくの間は効果を発揮することが可能だった。しかし、今の彼は一つの大きな問題に直面していた。素材の発見や収集を手伝う者が誰もいないのである。



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