以前であれば、ヴァーローレグ(Ver Lor Reg)からムーンゲートまでの旅というのはさほど長く感じることはなく、彼女たち一行のようにへとへとになることもなかった。イルシェナーのヒューマンの数が増えたことで高まったヴァーローレグの街の緊張は、一部の商売人や家族にとって、もはや耐えられないレベルになってきていた。物価は上昇し、何世代にも渡ってこの街で暮らしてきたガーゴイルでさえ、そこでの生活を諦めざるをえなくなっていた。多くの者が、ザー女王(Queen Zhah)の申し出を受けて街を去った。ガードたちですら申し出に応じる者が出たほどだ。砂漠にいるヒューマンたちが砂を掘り起こしたために様々なモンスターが呼び寄せられた。加えて、エクソダスダンジョンに通じる穴が開いて機械モンスターが周期的に現れ始め、事態は急激に悪い方向に突き進んでいた。
「この街に対しての献身と貢献、そして内外の脅威排除に対する支援活動を称え、ここに我々は、トリンシックにおける男爵の称号(Baron of the city of Trinsic)を贈るものであります。おめでとう、これからも期待しておりますぞ」短い式典は終わり、集まった男女は拍手を送った。新たな男爵の誕生だ。困難な状況は続いていたが、今が最悪の時だとは思わない者もおり、他の街の商人たち同様、トリンシックの商人たちも結束を固めていた。商業と、怒れる人々によって追放されたかつての貴族の生存手段を手中におさめた商人たちは、権力をいつでも我が物にせんとする勢いで、いまや事実上の支配者と言ってよかった。これは商人たちにとっては良いことだが、喜ばぬ者もいた。その中の一人がバルコニーから中庭を見下ろし、眼前の式典を茶番だと考えていた。