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享楽と雨

投稿日:2010年10月2日

アーチェリーの的がある中庭を、涼しい風が吹き抜けていた。女王とブリタニア王室家政長官は、たった今届いたばかりの愛慕の情がこめられた羊皮紙を広げるところだ。端の部分が破れないように気をつけながら、農具をかたどった封蝋をドーン(Dawn)は砕いた。

たれこめる雲に遮られ、太陽はぼんやりと輝いていた。手紙の内容と雨、双方への期待で彼女の心は高鳴った。

時間をかけて丁寧に書かれた夫の手書き文字を、ドーンは微笑みながら読み進めた。いつものように、彼の手紙は元気をくれる。ドーンは小さな荷物をまとめながら、共有農場への、日数こそ短いが喜ばしい帰省に思いを巡らせていた。

去年の冬に補修した柵は、よく持ちこたえているよ。君なしでこの猛獣たちと過ごすだなんて、あと一日だってごめんだね。君の匂いの方がずっと素敵さ。

ドーンは笑みを浮かべた。いかにも夫のオルス(Ors)らしい。優しくて、善意に満ちた人。彼の純真さは、いつだってドーンに元気を与えてくれた。

二日前に酒場でちょっとした口論があってね。ミージェン(Miegen)という男と僕が二人ほどぶちのめしたら、残りの奴らは逃げて行ったよ。

ドーンは眉をひそめた。愛するオルスが変なことに巻き込まれていないといいのだが。彼はとても実直で、もし裸の人を見かけたら、がっちりとした体からシャツを脱いで与えたり、自分の羊から毛を刈り取って差し出したりするのを厭わない人物なのだ。他人をすぐに信用してしまう彼の性格につけこもうとする者も後をたたず、この数年間でドーンが話し合う羽目になった商人の数は数人どころではない。

賭け事には詳しいかい? そっちに居る間に兵士と賭け事をしているのは知っているけど、君はルールを教えてくれたことはないからね。よくわからないけど、ビギナーラック、とか言うのかい? ミージェンは、それが凄いんだって言うんだよ。

ドーンは荷物をひっ掴み、手紙を放りだすなり、居室から脱兎のごとく走り出した。ひらりと落ちた手紙が床に触れた時、すでに彼女はクロークを身に着けていた。

彼女が通路を駆け抜けると、乾ききった大地に雨粒が落ち始めた。


オルスは石壁に向かってサイコロを放り投げた。黒い点が描かれた面が砂上で静止すると、周囲で喜びや落胆のどよめきがおこる。不承不承といった様子で掌から掌に賭け金が渡されていく。昼過ぎの熱気の中、勝者はさらに追い打ちをかけるように敗者の日焼けした背中を叩いてからかうのだった。

新しい友達の幸運に、ミージェンは歓声をあげた。「今日はツイてるじゃないか、オルス。どんどん運が向いてきてるぜ」

オルスはその称賛を無視し、次の勝負に気持ちを集中させた。群衆の野次でどよめきが起きると微熱が出て頭痛もしたが、それも徐々に遠く弱くなっていった。オルスに聞こえたのは、聞いていてイライラするようなくだらない激励だけだった。決して声色が似ているわけではないが、彼の耳にはまるで「父の声のように」届いた。

勝負道具を渡されて彼が路地で卑屈に腰をかがめるようになってから、何日も過ぎただろうか? 彼はそれまで賭け事など全くしたことはなかった。当初、ユーからの彼の旅は平穏無事だった。あるとき、オフィディアンへの反抗運動についてガードの一人と話していると、突如として同意見の男女に取り囲まれてしまった。その時彼は、久しく感じることのなかった仲間意識を覚えた。自分の居場所を見つけた。そう彼は思った。

頭上から冷たいエールを浴びせられ、オルスは一瞬で我に返った。口笛やあざけるようなつぶやきが群衆の間に広がる。この中断に群衆の雰囲気はかなり悪くなりかけたが、次のゲームを知らせる声で一転した。

「次は『牧羊杖と松葉杖』ゲームだ!」

群衆は立ちあがり、オルスとミージェンも腰を上げた。オルスは上の空で乾ききった砂の中に最後の一投を投じた。もう二度とそのサイコロには触れたくはなかった。舞い上がった砂埃が落ちつくと、負けの出目だったことがわかった。何百回も投げ続けて初めての負けだ。ミージェンは肩をすくめて友に声をかけた。「おやおや。ま、今のは本番じゃないからな。さぁ行くぜ」

オルスはうなずいた。不安が胸中にうずまき、胃は不快感に満ちあふれた。最後にもう一度、例のサイコロをじっと見つめる。路地を抜けて吹いてきた微風に身ぶるいする。待ち望まれていた天候の変化だ。雨か?

ミージェンは勝利者を抱きしめた。にやりと笑いながらミージェンは友の肩を抱いて帰路についたが、ちょうど農夫の背中のあたりでむき出しになったその腕に、一瞬ではあるが選民の印があらわになった。

断続的な雨音が通りに響く。舞い上がる一団の埃は、通りの上空を雨雲が這うとすぐに落ちついた。集団から離れていく一組の足跡は洗い流され、土砂降りの雨の中に雲とともに消えた。

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