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目覚め

投稿日:2010年9月22日

暖かなソーサリアの太陽の光は、軽やかに波にのって走る帆船のデッキに降り注いでいた。空高くまで漂う霧は心地よい潮の香りに満ち、自由の時への追憶にふけるアベリー(Avery)の顔を優しくなでていた。船を先導して飛ぶカモメは、時折嬉しそうにギャーギャー鳴いては水に飛び込み、イルカに追い立てられたイワシの一群から一匹を捕まえてくるのだった。

この元ガード隊長(Captain of the Guard)が素晴らしく穏やかな海を心から楽しめるようになってから、もう何年もが過ぎていた。この海と共に純然たる楽園と自由がもたらされたのだ。彼が本当に心安らぐことができるのは、ここだった。政治家もいない、闘士もいない、欲する人々もいない所。看守もいない……。



看守? そのことに彼は急に取り乱した。飛び起きたアベリーは、自分が酔いつぶれて眠りこんでいたことさえまだ認識できずにいた。美しく青かったはずの空は薄暗くなった。暖かな日の光は消え去り、突如としてひんやりとした空気に周囲を覆われた。カモメの鳴き声は、人々のざわめきに変わっている。素晴らしい潮風は、いまや淀んでカビ臭い空気になり果てていた。

たった今まで感じていた世界。アルコール漬けの頭では、その素晴らしい世界から現実に戻るまでに少しばかり時間がかかった。彼が戻ってきたこの場所は、酒場キャッツ・レイアー(The Cat's Lair)。あの楽園は夢だったのだ。いや、ずっと昔の無垢で青臭い自分の生活、あの楽しかった日々を見せつけられることは今の彼にとっては苦痛でしかなく、これはむしろ悪夢といってよかった。

「アベリー?」頭の中で遠くから女性の声が聞こえてくる。「あんた大丈夫かい?」

大丈夫なもんか、と彼は心の中で答えた。

「ちょっと!」同じ声だ。声はさっきよりも大きく、まるで頭を突き刺す鋭いダガーだ。アベリーは吐きながら崩れ落ちた。

「もうしばらくそっとしておいてやれよ、マリリー(Marily)」今度は男の声だ。「セブンティアーズ修道院のブランデーだぞ、誰だってのびちまうさ」

目をあげ、口をぬぐい、アベリーは急に羞恥の念にかられた。会話を交わす2人は、アベリーが何夜も過ごしてきた酒場の店主、マリリーと夫のスレイド(Slade)だ。酒が抜けないことがない彼の頭では正確な日数はわからないものの、たぶん数ヶ月間もの間、彼らには世話をかけっぱなしだ。アベリーと彼の新しい飲み友達がしでかす、様々な騒々しい振る舞いを辛抱強く見守ってくれている。店をどんなに汚され、散らかされようと、二人はいつも文句ひとついわなかった。

汚れた口を拭い終え、なんとか声を絞りだす。「マリリー、スレイド、すまない」

マリリーの顔に面白がるような笑みが浮かぶ。「なに言ってんだい、アベリー。ここは酒場だよ、あんたたちから戻ってきた酒の片づけなんてお手のもんだよ」

「違うんだ」アベリーは頭を振り、「謝りたいのは、自分がここに持ち込んだ問題全てのことだ。どんちゃん騒ぎとか、賭けごととか、」そしてため息をついて「ケンカとか。こんな人間になるはずじゃなかったのにな」

「酔っ払いが後悔すると、」スレイドはアベリーの答えを簡単に解釈した。「皆そう言うんだよ。何か食べるかね? 少しは気分が良くなるよ」

胃袋がかき回されている気分だ。「そうじゃないんだ。酒だけのせいじゃないんだよ」

マリリーが優しくいたわるように手を彼の肩に乗せてくる。「それじゃ何だい?」

「私は自分の過去から逃れられない」アベリーの声は柔らかく、ほとんど囁きに近かった。「自分はロイヤルガードの隊長を務めた。数多くの戦いに身を投じた。自分を英雄だと思う人もいるし、牢に戻すべきだと思う人もいる」

スレイドは、アベリーが驚くほどのけたたましい笑い声をたてた。「あんたのことは皆が知ってる。何が起きたのかも、ちゃあんと知ってる。あんたがいい人だってことを知らない奴なんかどこにも居ないさ」

それこそが問題なんだ、とアベリーは思った。皆が彼を知っていて、誰にも邪魔されずにいられる場所が地上のどこにも無いということが。彼が欲しているのはずっと昔、王国に仕える前に彼が失ったもの、すなわち平穏だった。

アベリーは、何度もよく考えた末の言葉を口にした。「我が友との最後の酒を。俺は行かなければ」そしてカウンターの数本の酒ビンをつかみ、代金には十分すぎるほどのゴールドを置いてドアに向けて歩き出した。

「行くって、どこへ?」スレイドが背後から問う。

アベリーはドアを開け、店を出て行った。幾分しっかりとした足取りで、振り返ることもなく。ただ一言を残して。

「楽園さ」

The Cat's Lair

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