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老婆イヌ 第二章

投稿日:2006年6月13日

ブリタニア保安官が手にしていた羽根ペンのインクが切れて、ページを引っ掻いた。気を削がれた彼はペンをインク壺に戻し、立ち上がって少し背伸びをすると、厚い石壁に開いた窓のほうに歩いた。
朝から曇り空だった。フェルッカの月の周囲がおぼろに霞み、2つの月がまだ空にあることがわかる。すでに街は動き出していた。商店が朝の支度をし、道を挟んだ家々の明かりが灯り始めていた。
背後からよく響く足音が近づいてきたが、彼は振り向こうともせず、ひんやりとした朝の空気を楽しんでいた。

「おはようございます」
「おはよう、ヘンリー」

ガードの声を聞き分けて、保安官が応えた。

「状況は?」
「異常ありません」

保安官は背中で手を組むと、前にかがんで眼下の通りを見つめた。

「客人たちは元気かね? 昨晩は何事もなかったろうね?」
「もちろんです。一晩中、気づかれないように遠くから監視しました」
「それで、いまの状況は?」
「若い連中はキャンプにいます。あの老婆は消えました。追跡係が北の街道で見失いました」

保安官は溜息をついた。こういうときにすかさず嫌な顔をしてやりたいものだと思ったものの、少しだけ振り返って視界の端にヘンリーを捕らえながら、できるだけ関心がなさそうな素振りを装って言った。

「それで?」

ヘンリーが途端に動揺したのが見て取れた。

「え、えっと、老婆は夜中にキャンプを抜け出し、北に向かいはじめました。衛兵詰所跡を越えたあたりで、見失いました」

保安官は完全に振り返ると、歩いて机に戻った。折に触れて芝居じみた挙動を楽しむ彼は、今回もそうすることにした。机に腰をかけるとインク壺から羽根ペンを取り直し、さきほど止めていたところから書類の作成を再開した。

「ヘンリー?」

しばらくして、彼はそう言うと、すばやい筆捌きで最後の一文を書き終えた。

「なんでしょうか?」
「頼みたいことがある。これを城に届けてほしい」
「承知いたしました」

保安官は手紙を折りたたみ、赤い蝋で封をした。かがんでヘンリーに手渡そうとするが、彼がその封書の端を掴んだあとも手を離さない。保安官はヘンリーの呆然とした顔を見上げた。

「キミは詮索好きな性格かね、ヘンリー?」
「そういうことは、私の職務ではありませんので……」
「そうだな」

彼はそう言うと、封書から手を離した。

「では、これをロイヤルガードの詰め所に届けてくれ」
「わかりました」

ヘンリーが立ち去ると、保安官は椅子に背をあずけて微笑んだ。



「ケン、起きるのよ!」

ケンは寝返りを打って、毛布のなかで体を縮めた。

「ケン! 起きなさいってば!」

両手で体を引っ張られたケンは、マットから転がって湿った草の上に落ちた。目を開くと地面にうつ伏していることがわかったが、マヤの努力にもかかわらず、ケンの頭はぼんやりとしていた。なんとか体を起こして四つん這いのまま傍らのマヤを見ると、彼女はケンが引き落とされたマットのそばに膝をついていた。

「なんだよ?」
「彼女がいないのよ!」

マヤが身を乗り出して、ケンの片手を引っ張った。

「イヌ婆のことかい?」

頭がはっきりしていくのを感じながら、ケンが尋ねた。

「そうよ! お婆様が消えたのよ。私たちが目を覚ましたら、毛布も何もかもなかったの!」
「私たちって? ああ……」

そう尋ねた瞬間に記憶が蘇り、マヤの後方にいるハーモニーを見た。彼女はキャンプの周辺を歩きまわりながら、丹念に地面を調べていた。

「それがどうかしたのかい。僕らが寝ている間に出発しただけじゃないの?」

マヤが即座に首を振った。

「どこに行ったのかわからないの。ハーモニーが調べているけど、この辺りは草地だから、足跡が見つからないのよ」

彼は周囲を見回した。キャンプの南側は、切り立った崖の先に海が広がっている。北側はハーモニーが森との境界を歩きながら調べている。

「いや、まてよ……」

彼は考えをまとめてからおもむろに歩き出し、焚き火を通り越して波音のする方角へ向かった。マヤも振り返って後に続いた。

「ちょっと、どこ行くのよ」

いちばん高い断崖の側まで歩くと、彼は海岸線をぐるりと見下ろした。

「夜中に滑り落ちたりとかは、してないようだね」

彼はそういって、ほっとした。

「縁起でもないこと言わないで!」

ケンは苛立って振り返った。

「縁起でもない、ってどういう意味だよ? イヌ婆はお年寄りだ。おまけに頭がおかしいんだ! 事故の可能性だってある。夜中に起きて、足を滑らせて……」

マヤの顔がこわばったので、彼はそれ以上話すのを止めて上手く話題を変えようとした。

「いや、つまり、ごめん。朝だし、それに……」

彼の隣で、ハーモニーが突然尋ねた。

「何かわかったかしら?」

いままで居なかったはずのハーモニーが突然現れたので、ケンは少しのけぞってバランスを崩したが、彼女がすばやく彼の腕を引っ張って落ちてしまわないように繋ぎとめた。

「ぼんやりしちゃダメよ!」

ハーモニーが面白がって彼を叱った。マヤは悲鳴を上げそうになるのを我慢した。

「いや、ありがとう」

弱々しくケンが言うと、マヤが怒った。

「やめてよ、そういうの!」
「あなたたち2人が盛り上がっていたから、テレポートして聞きにきたのよ」

ハーモニーは崖の端からマヤのほうに歩きながら謝った。彼女がずっと微笑んでいたので、マヤもつられて微笑んでしまった。

「ケンも怖がっていたし、これからは用心するでしょうね」

「ちょっと、こっち!」

半時ほど過ぎて、ようやく手がかりが見つかった。ハーモニーが森の奥まで分け入って、ブリテインの東側へ続くあぜ道を見つけた。その小道の南の端にサンダルの足跡があり、街道へと続いていた。そのかすかな足跡には、まだ朝露が残っていた。
しかし足跡が踏み固められた街道に入ると、どの方角に向かったのか判別するのは困難だった。彼らはいったんキャンプに戻ると、朝食をとりながら自分たちの状況について話し合った。

結局、彼らはブリテインに戻って、なんらかの情報を入手しようと決めた。イヌと一緒ではないのだから、ガードに邪魔されることはないはずだとハーモニーが言った。マヤは街の噂を聞きたかった。もし何か聞き出せれば、イヌに会う前に、少なくとも彼女が置かれた状況を把握できるからである。



しばらくすると、彼らは銀行の向かいにある酒場、キャッツ・レイヤーの前に立っていた。酒場の入り口は銀行から遠く離れてはいたが、それでも道から聞こえてくる喧騒が耳についた。

「みんな、いいこと。シャキっとするのよ!」

マヤが言った。

「お店に入ってテーブルに着いたら、常連みたいな顔をするのよ」

ケンが肩をすぼめた。

「はい、はい」

ハーモニーは少し戸惑っているようだった。

「でも、わざわざそんなことしなくても……」

マヤが手を振って彼女の言葉を制した。

「心配しないで。こういうのには慣れてるの。禅都にもこんなとこがあるし!」

そう言うと、マヤは気を引き締めて扉の取っ手を握り、勢いよく引っ張って開けた扉から2人を連れて、大またで入っていった。もし誰かが近くにいてそれを見ていたとしたら、3人連れの派手な登場になったかもしれない。しかし、マヤの目には誰もいないテーブルが並んでいるだけだった。

「いらっしゃいませ」

店の端から丁寧な声をかけられた。マヤが目を向けると、ブロンドの中年男性がバーの奥でマグを磨きながら、騒々しい入店をおもしろそうに眺めていた。ケンとハーモニーも彼女に並んだが、ハーモニーはさらにまっすぐにバーの方へ進んだ。

「エルストン!」

ハーモニーが楽しげに叫んで、バーに駆け寄るとカウンター越しに抱きついた。

「ハーモニー、よく来たね。そちらの若いお客さんたちは、どちら様かな?」

彼女は椅子に腰掛けて体を回すと、片手をカウンターの乗せたまま、もう一方の手で紹介した。

「私の新しい友達で、旅の仲間のマヤとケンよ」

ケンが歩み寄ってハーモニーの隣に座り、カウンター越しにエルストンと握手を交わした。

「はじめまして」
「よろしく。ハーモニーの親友なら、私にとっても親友です」
「はじめまして、エルストンさん」

マヤも挨拶をして、同じように歩み寄った。

「よろしく。いつでもいらっしゃい、大歓迎ですよ」

ハーモニーは微笑むと、バーの方に向き直った。

「ミードを3ついただけるかしら」

彼女はウィンクして言った。

「例のやつね」

エルストンが顔をほころばせて、にっこりと笑った。

「会った瞬間に、そう来るだろうと思っていたよ。少々お待ちを」

彼はそう言うと奥の壁のほうに寄り、マグに飲み物を注ぎ始めた。マヤは身を乗り出して、ケンの頭越しにハーモニーへ話しかけた。

「ねえ、どうしてマスターを知ってるって言ってくれなかったの?」

ハーモニーはウィンクをして答えた。

「その方が面白いから」

ケンがくすりと笑う。

「言おうとしてたじゃないか」
「そうね。でも遅いのよ!」

彼女は何か言おうとしたが、マスターがこちらへ戻るのが見えた。

「はい、お待たせ」

そう言ってエルストンは黄金色の液体に満たされた3つのマグを置いた。

「この子がどんなに困った娘か、おわかりになったようですね?」
「エルストンったら!」

ハーモニーが頬を膨らませた。彼らがふざけている間、マヤはその飲み物のことを考えていた。蜂蜜のような甘い匂いがしたが、これと同じものは今まで飲んだことがなかった。試しに一口味わってみると、苺の味もすることがわかって驚いた。エルストンもその様子に気付いたようで、すぐに彼女に話しかけてきた。

「アビー・ミードは初めてですか、お嬢さん?」

ハーモニーもふざけて付け加えた。

「ミードは飲んだことなかった?」

その間にケンは半分飲み終えて、気持ちよさそうな顔をしていた。

「禅都にも、これがあればいいのにね」

彼が大きな声で言った。

「おや、禅都にミードは無いんですか?」

エルストンが尋ねた。ケンが出身地を言ったのに彼が瞬きすらしなかったことを、マヤには不思議に感じた。

「いまは禅都にもあるけど、こんなのじゃないんだ」

そう言って、ケンがまたゴクリと飲む。

「気に入ってもらえてよかった、よかった。でも、アビー・ミードはかなり珍しいんだ。ハーモニーは、これを注文できる数少ないお客さんのひとりだよ」

マヤとケンが、同時にハーモニーのほうを向いた。

「いったい、おいくらなの?」

赤毛の魔法使いのほうを驚いて見つめながら、マヤがエルストンに尋ねた。ハーモニーが飲み干したマグを2杯目と取り替えながらエルストンが答えようとしたときに、ハーモニーが突然言葉を遮った。

「あら、そんなたいしたものじゃないのよ。ねえ、エルストン?」

彼はくすくすと笑って答えた。

「そうですね。あなたには全然たいしたものじゃないですね」

ハーモニーはエルストンにしかめっ面をしてみせたが、ハーモニーが普段見せないふざけた仕草だったので、マヤは思わず声を上げて笑った。
そして身をよじってクスクス笑っているうちに、彼女は店の中が暖かくて居心地のよい場所になっていることに気付いて驚いた。ケンはバーの上に腕を組んで頭を乗せ、彼女たちをぼんやりと見つめていた。

「ヒック」

マヤがしゃっくりをした。

「あら、まあ」

ハーモニーが笑いながら椅子をマヤに近づけて、彼女を支えた。

「ま、ヒック」

マヤがまたしゃっくりをした。

「思うんだけど……」

ケンがゆっくりと言った。

「お酒を飲むには、ちょっと早すぎる時間だったみたいだね?」

マヤは言い返そうとしたが、しゃっくりに止められてしまった。



その日残った時間を使って彼らはブリテインのあちこちを歩き回り、必要な物を購入して、街に宿泊するための準備をした。ハーモニーは酒場で奇妙なポーションを作成した。そのおかげで彼らの酔いはすぐに醒めたのだが、マヤはあのミードがとても強い酒であることがいまだに信じられなかった。
彼女は2つのことを心に留めることにした。アビー・ミードは病みつきになること。そして、グリゼルダという人が考案したものには注意すること。酔い覚ましの効果は素晴らしかったが、ポーションはひどい味だった。

マヤがスウィート・ドリームス・インで部屋を予約している間に、ケンとハーモニーの2人は街の北側にある魔法屋に出かけた。夕方に部屋で落ち合い、一緒に酒場に出かける約束をしていた。その時間なら、酒場も客でいっぱいに違いない。

その夜は、特に変わったことは起こらなかった。店の隅のテーブルに座り、彼らの手助けをしてくれそうな人を教えてくれるようエルストンに頼んでいた。しかし残念ながら、ときどき噂話を聞くだけで、有益な情報を伝えてくれる人はいなかった。
ときおり、誰かが最近銀行の近くで見かけたおかしな老女について話をしていた。どうやら彼女はそれ以来現れることはなく、彼らもその問題については一晩で忘れてしまい、翌朝には別のことを考えることにしたらしかった。

次の日を迎えても、よい案も新しい手掛かりもなかったので、彼らはその後数日のあいだ昼間は街の人たちと話し、夜は酒場を訪れて過ごした。マヤは少しイライラしてきたが、ムーンゲートが街と街の間の移動を楽にしたとはいえ、世界の全ての都市を訪問する手段があるわけではなかった。ブリテインは王国の首都だし、遅かれ早かれ手掛かりになるニュースをもたらしてくれる人が見つかるだろうと思っていた。

ある朝、彼らが宿に戻ろうとして歩いていると、タウンクライヤーが突然彼らの注意を引いた。

「ニュースだよ!」

彼は叫んだ。3人は他の数人の人たちとともに立ち止まり、彼の話に耳を傾けた。
どうやら冒険者の一団がたまたま洞窟を発見し、そこでラットマンの群れやモンスターを退治したということらしかった。マヤは最初特別なニュースだとは思わなかったのだが、タウンクライヤーの説明によると、そのグループが洞窟の入り口に行き着いたのはイヌと話した直後だということだった。

「そして、ロルガッシュを倒すと、なんとそいつが、ある失われた本を隠し持っていたことが分かったのです!」

とタウンクライヤーは続けた。

「本日、王立出版局はブリタニア市民に、我らが最も偉大な魔術師のひとり、ニスタルが記した知の経典を紹介するものであります!」

ハーモニーは熱心に話しを聴いていたが、そこで頭を上げてタウンクライヤーをじっと見つめた。彼はまばらに起こった拍手にお辞儀をすると、一冊の革張りの本を高く掲げた。

「彼らはどんな本を発見したのでしょうか? そして我ら善良な市民にとって、それがどういう意味を持つのでしょうか?」

全員の関心がタウンクライヤーに集まっていることは明らかだった。彼は続けた。

「皆さん、これは『The Shattering』という名の本です。我らブリタニアの宮廷魔術師、ニスタルの魂の深奥を綴ったものであります。でも、皆さんはお尋ねでしょう。『私は銀行家だ、商人だ、その経典から何を学べるのだ?』と」

ハーモニーが緊張した声で彼に呼びかけ、彼の集中力を奪った。

「じゃあ、それにはモンデインのことが書かれているの?」

マヤとケンは、ハーモニーがタウンクライヤーに直接話しかけたことに驚いたが、聴衆はもっと驚いているようだった。だれもが息を呑んだ。そして彼らは、そうした反応を引き出した彼女の発言の意味を考えていた。

タウンクライヤーはハーモニーのほうを向くと、手にした本を高く掲げたまま話を再開した。声には急に興奮の色が加わった。
「まさしく、これにはモンデインについて書かれています。さよう、これには宝玉についても、それ以外のことも書かれています」

一瞬、聴衆が動揺したように思えたが、ひとりの男の顔に笑みが広がった。

「えっと、王立印刷所だったかな? さすがに商売が上手いね!」

彼は大きな声で言うと、前のほうへと進んできた。

「それで、おいくらかしら? きっと寝室に一冊必要になるものね!」

そう言って、別な女性も明るく笑った。タウンクライヤーは戸惑ったようで、両手を上げて本を高く掲げた。

「紳士淑女の皆さま、王立印刷局は一粒のゴールドもいただきません! この本は無料です!」
「どこで?」
「いま、どこにあるの?」
「どうやって手に入れるの?」

観衆の揶揄は、たちまち興味に変わった。

「お近くの銀行を訪れて、行員に一冊要求してください。必要なのは、あなたの口座が正当であること。それだけです」

タウンクライヤーはそう言って、お辞儀をした。数人がすぐさま銀行に向かったが、ひとりの人物が彼らの肩越しに、

「でぼ、こでただ、こうざもつ、そでだけ」

つぶやいて、銀行とは反対の方角へと向かっていった。
タウンクライヤーは革張りの本をバッグに戻すと、散っていく聴衆に手を振った。

「王立印刷局と王立銀行局になりかわりまして、皆さまのご静聴に感謝いたします!」

そう言って彼は歩き去っていった。3人は十字路に取り残されたままだった。

「さあ、いきましょう!」

ハーモニーが興奮気味に言って、2人の手を取って足早に歩き出した。どこに行くのだろう、とマヤは思った。ケンはこの騒動のあいだ終始無言だったが、何が起こったのか知りたいと思っていた。

「ちょっと待てよ、どこへ行くんだよ?」
「もちろん、銀行へよ」

ハーモニーが答えた。ケンは掴まれた手を振りほどき、彼女に歩調を合わせた。

「それで、どうするっていうんだい? 無料の本を貰うのかい?」

信じられないという口調で尋ねた。ハーモニーが頷いた。

「そうよ!」
「でも、そんなことしてる時間はないじゃないか!」

マヤがそばを歩きながら口を開いた。

「時間がない、って? ケン、私たちはもう何日もこの街にいるのよ。これは天啓よ!」

ハーモニーも頷きながら答えた。彼らは宝石店の角を曲がると、銀行の周囲でごった返している商人やビジネスマンの人混みに入っていった。

「それに……」

マヤは、ハーモニーに追いつくために息を切らせながら言った。

「それにタウンクライヤーの話だと、その本はイヌお婆様と話した直後に見つかったそうじゃない。覚えてる?」

ケンは振り向こうともしないで言った。

「そうだね」

彼がそんな素っ気無い返事をするとは思っていなかったので、彼女は急に居心地の悪い気分になった。しかしハーモニーは既に歩いて銀行の中に入っていたので、マヤは部屋に戻るまでは何も話さないようにしようと決めた。

結局、マヤがケンと2人きりで話す機会は訪れなかった。その夜はハーモニーと本をくまなく読み、彼女からこれまで聞いたことのなかった古代の戦いについての歴史を教わった。それによると、かつて世界の大半がひとりの男によって征服されそうになったが、別の男がなんとかそれを食い止めたという。それは、以前父親から聞いた話を思い出させて、彼女の心に深く刻まれることになった。

ひとしきり話が済んだ後、新しい情報提供者がいないか確認したいからと言って、ケンはひとりでキャッツ・レイヤーに出かけた。マヤはベッドに横になって先ほどの話について考え、父親が話してくれた昔話の詳細を思い出そうとしたが、すぐに眠ってしまった。

翌日も手掛かりのない日が過ぎて、ケンはさらに鬱屈し、マヤも同じように不機嫌になっていた。ハーモニーは、ふたりが陰気であることなどお構いなしに明るく、ひとりで秘薬を買いに出かけることにした。そのため、ケンとマヤはふたりで情報収集をすることになった。

「なにが不満なの?」

ケンがその日に使う予定のゴールドが入った小袋を彼女に投げた。マヤはそれを掴んだが、彼の投げ方は思っていたよりも乱暴だった。

「不満って?」
「そうよ! あなたの不満のことよ! もう何日もそんな状態じゃない!」

ケンはマヤのほうに一歩踏み出して、平静な声で言った。

「何日も、だって? 理由は明白だ。そうだろ?」
「どんな理由よ?」

彼女には分からなかった。

「これさ!」

彼は、部屋を見回しながら手を振って声を荒げた。

「どうしてこんなことをしてるんだ!?」
「イヌお婆様を探すためよ! 忘れたの? 手伝ってくれるっていったじゃない!」
「マヤ、何のためにだい?」

彼女は彼を見上げ、驚くと同時に少し腹を立てた。

「何が言いたいのよ!」

マヤは思わず大声を出したが、ケンも怯まない。

「イヌ婆はもう見つかった。彼女は元気だ」

ケンはマヤが何か言うのを待ったが、彼女は目に涙を溜めていた。

「マヤ、君のせいじゃない。イヌ婆は放っておいてもらいたいんだよ」

マヤはケンに背を向けて、腕を組んだ。

「わかってるわよ!」
「だったら、どうしてここにいるんだい?」

ケンは尋ねようとしたが、マヤが振り返って彼の両肩を掴んだ。

「じゃあ、あなたがまだここにいるのは、どういうことなのよ!」

ふたりはそのまま睨み合った。一週間ぶんの鬱屈した感情が堰を切って流れ出したが、ケンには答えが見つからなかった。マヤは彼の肩から手を放し、一歩後ろにさがった。怒ったあと別のことで頭が一杯だったので、マヤは傍らで空気の舞うかすかな物音に気付かなかった。

「すまなかった……」

彼は何か言おうとした。

「どうしたの、マヤ?」

ハーモニーはそう言って、2人の方に屈んで彼女をじっとみた。マヤは悲鳴をあげ、ケンが後ずさりした。

「ここ、私のリコール地点なのよ。お気の毒さま」

彼女は笑った。



その夜は全員がキャッツ・レイヤーで過ごしたが、今回は特別な目的があった。ハーモニーが突然部屋に戻ったのは、エルストンがその夜、彼らに酒場に来るよう頼んだからだった。彼がある傭兵グループと接触したところ、彼らがイヌの情報を持っていて、その情報を売りたがっているとのことだった。

いつもの隅のテーブルに座って周囲の客の会話に耳を傾けていたが、誰も彼らに話しかけてこないので、ハーモニーはマヤにサイコロとカップの "ハイ&ロー" の遊び方を教えていた。

「そうすると、もしサイコロの目が7で、私がハイを選んでいたら私の負けなの?」
「そうよ」

そう答えると、ハーモニーはサイコロをマヤに手渡した。

「じゃあ、今度はどう? ハイか、ローか7か?」
「そうね、ロー!」

マヤがカップを振ると、サイコロは飛び出してテーブルを転がっていった。先に飛び出したサイコロはマグに当たって跳ね返り、テーブルの端で止まった。もうひとつは、テーブルから落ちて床の上を転がり、客のブーツのつま先の上に乗った。
ブーツを履いた長身の男性客はバーとテーブルの間に立ち、マグを片手に彼の知人たちが座っている隣のテーブルに移動し始めた。ハーモニーが叫んだ。

「動かないで!」

酒場の半数の目が咄嗟に赤毛の少女に注がれたが、彼女はその男のほうに駆け寄ると足元にうずくまり、出た目が変わってしまわないようにブーツのつま先からサイコロをつまみ上げた。

「2よ!」

彼女はケンのほうを見た。恥ずかしさでケンはうつむいたが、会話が途切れた周囲の静寂さに比べると少々大きすぎる声で答えた。

「3だ!」

ハーモニーはサイコロを手に乗せてマヤの方に走り、彼女の手を握って言った。

「あなたの勝ちよ!」

ケンが先ほどの男性に目をやっている間、マヤとハーモニーは勝利を祝っていた。その男は肩越しにバーを振り返り、エルストンのいる方向を向いて頷いた。エルストンは頷き返した。そして突然、その男は彼ら3人の方に向かってきた。

「失礼ながら……」

彼は、手に持ったマグをテーブルに置きながら話した。

「ある老女に関する情報を探していると聞きましたが?」

ゴールドの小さな袋と交換に、彼らは最近イヌの噂を聞かない理由を知った。マヤはその傭兵に丁寧にお礼を述べ、彼らが立ち去ると同時に宿へと急いで帰り始めた。

「マヤ! 待てよ!」

ケンが叫び、足早に歩いて彼女に追いついた。

「だって、わかるわけがなかったんだし!」

ハーモニーも加わって言った。マヤは立ち止まらずに、大声で言った。

「家にいるですって! 砂漠の家に戻って、今までずっとそこにいたなんて!」
「いや、そういうわけでもないんだ!」

ケンがそう言って、ハーモニーと一緒にマヤの隣にならんだ。マヤは少し歩調を緩め、冷静さを取り戻していった。

「そうね、今までずっとじゃないわ。でも、ほとんどそうだったのよ!」
「でも、少なくともいまはルナにいることがわかっているわ」

そう言って、ハーモニーはマヤを慰めようとした。マヤは、まっすぐ前を向いたまま答えた。

「ええ。明日の朝すぐに、そこに向かうわよ」



「巨大ね」

マヤはそう言うと、頑丈な砂岩の壁の先端を見上げた。彼らは、都市の城壁と中心の大きな建物の間にある中庭のような場所にいた。ブリテインと同様にそこかしこに人がいるが、大部分の人の流れはその建物のほうに向かっていた。
彼らが玄関口を歩いているとき、マヤはその建築物について訪ねた。

「本当のことは、誰にもよくわからないの」

ハーモニーが答えた。

「ムーンゲートがマラスに繋がるようになったときから、ルナはいまの状態だったから」

ケンが追いついてきた。

「ということは、この建物は最初からここにあったということかい?」

ハーモニーは頷いた。

「これも、城壁も、いくつかの廃墟も、アンブラも……」

建物の中心部に来たので、次第に話し声が聞き取りにくくなっていた。

ケンとマヤを連れて、ハーモニーは建物の中央廊下の側面や回廊の周囲を案内した。イヌの姿が見当たらないのでマヤがハーモニーに向かって叫びそうになったとき、突然群衆が静かになった。 建物の中心部から群集に向かって叫んでいる声が聞こえたが、その声は男性のものだった。さらに喧騒が収まると、その男の話す内容が聞き取れるようになった。

「我が善良なる朋友たちよ!」

その男は群集に熱く語っていた。

「ご清聴を。お知らせしたいことがあるのです!」

誰かが何か言う前に、彼は続けた。

「皆さまもご存知のイヌという人物について調査をするため、わたくしバーナード・デゥ・ルーは、この女性の予言の信憑性を確証すべく、調査隊を結成しようとしております」

彼は息を吸い込むと、熱烈な調子で続けた。群集も止めようとはせず、低いつぶやきがそこかしこで広がっていた。

「皆さまもご承知のとおり、この不可解な女性は、誰にも理解できないおかしなことを口走っております。しかしです!」

そう言って、彼は隣に立っている若者の方を向いた。

「しかしながら、ここにいるヴィンセントは、彼女のメッセージを解読したと言うのです。ヴィンセント! さあ!」

ヴィンセントは一歩前に出ると、乱れた髪の毛に手を走らせた。しばらく彼は聴衆と目を合わせるのを避けているように見えたが、やがてまっすぐに前を向いて彼らの目をしっかり見据えた。

「まず最初に、私はこうした予言の類を信じるものでないことをご承知ください」

バーナードは深く頷いた。聴衆のうち数名が声援をあげて、彼を支持した。

「それを前提としまして、彼女は姿を消すまえに、はっきりと次のように話しました。『ちをたどるおんよおなおそれ』」
「ワケがわからないぞ!」

前列の男が叫んだ。

「そう、そこなのです。我々が問題にしているのもそれなのです」
「もったいぶるな!」

別の誰かが叫んだ。

「ええ、彼女の頭が混乱しているというのはわかっていて……彼女の何かが上手く働いていないわけですが、そこで私は彼女が口にした単語を書き付けて、それらをよくよく考え、何か意味のある事柄を導き出そうとしました」

バーナードは彼の背中を叩いた。

「そして、彼はほんとうにそれを導き出したのです!」

ヴィンセントは俯いてクスリと笑い、思わずにやけそうになるのを隠した。

「そうです。少なくとも我々はそう考えています。そこに書かれた単語を見ているとき、私は最近のニュースに載っていた言葉のパズルに関する記事を思い出しました。覚えていらっしゃる方はいるでしょうか、このイヌという女性もその記事に含まれていたことを?」

聴衆の中にまばらに肯定する声が聞こえたので、彼は微笑んで話を続けた。

「そうした手掛かりに導かれて、私はそのメッセージのなかのいくつかの文字を並べ直してみました。そして、遂に、驚くべき結論に達したのです!」

先ほど叫んだ男性が、今回も声を上げた。

「それで、何だったんだ?」

ヴィンセントはその男性を凝視し、一呼吸置いてから、ようやく返答した。

「おどるおんなたちをおそれよ!」

ヴィンセントの顔が興奮で輝いたが、聴衆はひどく静まり返ったので、彼は次に何を言われるかと思って気が沈んでいった。

「ファンダンサー道場ね!」

マヤが唐突に叫んだ。聴衆の一部がこのひどく滑稽な「啓示」を笑おうとしていた矢先に、彼女はヴィンセントの説明に没入し、衝動的にそう言ったのだった。バーナードはとても喜んでいた。

「ええ、そうなのです、お嬢さん!」

彼はおもむろに聴衆の中に分け入り、彼女の腕を掴んで台の上に引っ張り上げると、マヤの周りをせわしなく歩き回った。

「ご覧のとおり、皆さまのうちの少なくともお一人が理解されました。やはり、この謎には何かがあるのです!」

ケンとハーモニーも聴衆を押しのけて、マヤの方に行こうとした。バーナードはふたりが進んできた意味を誤解した。

「おぉ! 誇り高き冒険者が、もうお2人! これで5名となりました。他にも加わる方はおりませんか?」

ケンは反論しようとしたが、マヤが首を振った。ハーモニーはそんな状況をまったく意に介していないらしく、彼らがバーナードの側に立っている間、暇そうにナップサックをごそごそやっていた。まさに、バーナードの熱意とカリスマが功を奏して、道場の探検に興味をもつ十数名がさらにグループに加わった。

聴衆が散会した後、バーナードは全員を建物の2階へ案内した。そして大理石のベンチに腰掛けると、彼らは互いに自己紹介した。バーナードが攻撃プランを説明している最中に、マヤが発言した。

「すみません、イヌお婆様がどこに行ったかご存知ではありませんか?」

彼は中断されたことを気に留めていないらしく、彼女の方に向き直った。

「大変残念ですが、お嬢さん、心当たりがありません。我々が彼女の最後の言葉を辿るのは、そのためなのです!」

ヴィンセントも横から言葉を挟んだ。

「このイヌという人物については、どこを探すべきか皆目見当が付きません。先ほどお話したとおり、目の前に残された手掛かりを辿りたいと思っているのです」

彼女が礼を述べるとバーナードは計画の説明を再開し、その間マヤもケンとハーモニーと一緒に話し合った。そして、他に手掛かりがない以上、彼らについて行き何が起こるのか見届けるのが最善だということで同意した。彼らがその結論に達すると同時に、バーナードが全員に声をかけた。

「それでは、参りましょうか?」



森のはずれに開いたゲートからグループのメンバーが次々と姿を現し、道場の前にある砂の中庭に立った。マヤはこれまで見たことがなかったのだが、それは彼女の両親が寝る前に話してくれた怖い話で出てくるものと寸分違わぬものだった。

「マヤ、こっち!」

ケンが叫んで彼女の腕を掴み、パーティーの中央へ押し込んだ。すでに彼らは、少なくとも十数人のファンダンサーに囲まれていて、道場の入り口からさらに多くが滑り出してきていた。視界の隅に革鎧をまとった戦士が出たり消えたりした。間違いなく敵の円陣は狭くなってきている。
マヤは他の人たちをちらりと振り返ったが、彼らの冷静さが場違いに思えた。ハーモニーまでが、呪文書のページを静かに繰っていて、まるでそれが日常茶飯事でもあるかのようだった。

「そういうものかもしれないわね」

マヤは苦々しく思った。ケンが彼女の側まで来て剣を抜き、身構えた。

「もし何かあったら、ゲートに飛び込めばいい」

とケンが言った。

「そうね……」

彼女が脇差を抜いたとき、ハーモニーが突然言った。

「心配しなくていいわよ。テイマーが数人いるし。それに、少なくとも半分は魔術師だからね」

ハーモニーは微笑むと、先ほどから選ぼうとしていた呪文のページに指を置いた。

「これがいいわ」

彼女はそう言うと、ナップサックに手を突っ込んでごそごそと秘薬を探し始めた。マヤとケンはお互い頷きあって、ハーモニーを見ていた。ファンダンサーと忍者はいまも彼らを取り巻いていて、森と道場の間に蟹爪型の陣形を作りつつあった。
数人の魔術師が召喚呪文を唱え始めると、柔らかな物音が空気を満たした。ハーモニーはまだじっとしていたが、呪文を唱え始めたときには、深く集中しているように見えた。

「In……」

マヤは剣先を前に向け、目の前の砂に視線を置きながら、彼女たちに近づこうとするかもしれない隠れた敵を見落とすまいとしていた。

「Jux……」

ケンは2人のファンダンサーを注視していた。それは森の端を行き来していたが、彼ら3人のグループに照準を合わせているように思えたからである。

「Hur……」

ハーモニーはもう目を閉じていた。柔らかな光が呪文書から湧き出て、彼女の両腕を上昇していた。

「Ylem!」

ハーモニーを包んでいた光が突然凝縮し、彼らの目の前を過ぎて、道場の前庭へと走り抜けた。その光は瞬きながら形を成し、奇妙な金属の物体に変わった。太陽の光を反射しながら、それはゆっくりと回転しはじめ、だんだんと速度を増していった。

「あれは何?」

マヤがハーモニーに尋ねた。彼女はまた呪文書をめくっていた。

「ブレードスピリット」

彼女は、顔も上げずに、素っ気無く言った。
マヤはその奇妙な物体をじっと眺めた。それはさらに回転速度を上げていて、鋭い不自然な音を立て始めたかと思うと、鋭利な金属の刃が中央から広がっていった。
彼女には信じられないことに、それは魂を持たない剣士のようにファンダンサーたちの注視のなか、群れの方へと進んでいった。刃の裂く音が聞こえ、瞬く間にその魔法の物体は、少なくとも3人を倒して道を開いた。彼女がようやく目をハーモニーに戻すと、彼女はちょうど次の呪文を探し終えたところだった。

「見事だね、第5サークルか!」

別の魔術師がハーモニーに向かって叫んだ。

「我々も協力しよう!」

その言葉とともに、地面が半ダースの紫のエネルギーの塊でうまった。それはブレードスピリットと同じように回転を早め、目標に向かっていった。目に見えない魔法のエネルギーが獲物目掛けて飛び出していった。ハーモニーは動きを止め、瞬きすると、顔を上げた。

「ああ、エナジーボルテックス!」

マヤはすばやく尋ねた。

「どれがそうなの?」
「もう勝負はついたみたいね」

ハーモニーはそう言って、拍子抜けしたように呪文書をナップサックに戻した。

予想どおりだった。数分の間にさらに多くのエナジーボルテックスと召喚されたペットによって、一帯は制圧されていた。このような生々しい力を見たことがないマヤとケンには、信じられない光景だった。
数人の魔術師がポーションを飲んだり、お互いに簡単な強化魔法を掛け合ったりしていた。テイマーたちは、ペットをそばに待機させていた。マヤは巨大な竜が彼女と目を合わせるたびに、震えを抑えられなかった。
バーナードは道場の入り口の階段に立って、身振りで全員に話を聞くように促した。

「我々のひとりひとりが眼を光らせて、少しでも異常なものがないか注意するようにいたしましょう」
「ファンダンサーたちが隠したがっている何かが、ここにあります。我々はそれを見つけ出さねばなりません!」

グループに歓声が起こったが、マヤとケンは黙っていた。この僅かな数のブリタニア人がこれほどの力を持つことを知るにつけ、自分たちがどれほど無知で無防備であるかを心の奥底で考えざるを得なかったからである。マヤは、侍や忍者の一団が島の奥地で生涯をかけて鍛錬し、このようなことができるようになるという伝説を聞いたことはあったが、実際に誰かがやっているのを見ることになろうとは予想もしなかったからである。
バーナードが身を屈めて入り口を通ると、すぐに彼ら全員も道場の地下道の奥深くに入っていた。彼らが迷路のような通路を深く進んでいく間、ハーモニーはしばしば呪文を唱え、そのあとで呪文の名前や効果をマヤに説明しながら、怖がる素振りもなくマヤに話しかけていた。

曲がりくねった通路を進むうちに、数時間が過ぎていた。この寄せ集めの探検隊が、マヤの故郷では間断なき脅威と考えられているものに対して、これほど効率よく対処していることに彼女は驚かざるを得なかった。彼らがこの場所を破壊して全てを終わらせてくれればいいのにと思いそうになったが、このパーティーのメンバーはヒーローというよりハンターに近く、そんなことは彼らの胸に浮かばないのだろうとも感じた。

ある場所で、彼らは召喚デーモンの待ち伏せに会った。はじめのうちは誰も気にしなかったが、彼らが召喚デーモンの一匹に相当なダメージを与えたとき、それが突然テイマーのメアたちを襲った。
他のデーモンが無数の呪文で手も足も出せないでいるときに、そのモンスターは一匹のメアを八つ裂きにして、彼らの目の前で食ってしまった。彼らをぞっとさせたのは、そのデーモンが唸り声をあげて立ち上がり、新たに力を取り戻して彼らの目の前に立ちはだかったときのこと。その体には、傷跡ひとつ残っていなかったからである。

しかし一人の魔術師が命がけで走り出て、後ほどハーモニーから聞いたところのマスディスペルという呪文を唱えたことで、一気にカタが付くことになった。そのデーモンの形相は苦痛で歪み、彼とその仲間たちは魔法の光になかに吸い込まれていった。

そこまでは彼らも幸運だったので、マヤもほぼ安心して、グループに訪れた変化を眺めながらダンジョンの深みへと進んでいった。バーナードの顔から微笑みが消え、テイマーが連れている動物の炎で目の前の道を照らしながら進んでいった。ハーモニーはグレーター・ヒールの魔法の巻物を何本か取り出して、ベルトに差し込み、すぐに使えるようにしていた。ケンとマヤも武器を手に持って準備をしていたが、ときおり瀕死のモンスターに対処することを除けば、ただ他の人たちの後を付いていくだけだった。

「休憩にいたしましょうか?」

彼らが行き止まりにぶつかり、その部屋の居住者たちをなんとか掃除し終わった後、バーナードがそう提案した。ドラゴンが彼らの部屋への入り口を守り、グループはこれからの計画について話し合った。

たまたま降りかかった不運を問題にする冒険者たちと、バーナード、ヴィンセントとの間で、口論が持ち上がった。マヤには彼らが不満をいう理由がわからなかった。彼らが敵から奪ったゴールドや宝石を集めているのを見ていたからである。
そしてマヤは、デーモンの襲撃でメアを失ったテイマーを見て、そのグループの苛立ちを少し理解した。マヤは彼のところに歩いていって何か話しかけたかったが、そのときケンが彼女に向かって叫んだ。

「マヤ、こっち! これを見ろよ!」

彼は、床の片隅にある巨大な角のついた頭骸を指差していた。バーナードにもそれが聞こえたので、気分を変えるいい機会だと思って、急いで歩いてきて言った。

「ああ、デーモンの頭骨ですね。なんと貴重なものを!」

全員がバーナードの視線をたどり、ちょうどケンがその巨大な頭骨のそばを歩いて反対側に来たのを次の瞬間、彼の姿は忽然と消えてしまった。

「ケン!」

マヤが叫んだ。バーナードが駆け出し、残りの人たちも彼の周りに集まった。マヤとハーモニーは肘で周囲をかきわけて前に進んだ。さきほどケンが立っていたところには、大きな穴が開いていた。彼は奇しくも、隠し扉を発見したのだ。

「おーい!」

バーナードが穴に向かって叫ぶと、彼らはうめき声が帰ってくるのを聞いた。マヤは彼を追って何も考えずに飛び降りた。
数分後、グループの大部分はケンの見つけた入り口から下へと降りていた。さきほどのテイマーはドラゴンの飼い主と一緒に部屋にとどまって背後を守り、彼らはケンに怪我がないかどうか世話をしていた。

「だれかお願いできますか?」

薄暗いトンネルを見下ろしながら、ヴィンセントが言った。マヤには、数人の魔術師が同時に "In Lor" と言うのが聞こえ、次の瞬間に目の前の道が明るく照らされた。彼女は光源がどこにあるのかを探そうとしたが、皆がトンネルを降り始めたので彼女もハーモニーについて歩きだした。遠くから、低く響く音が聞こえていた。
彼らがいたのは、狭くて曲がりくねった道で、ときどき小さな部屋に繋がっていた。それぞれの部屋には何者かに使われていた痕跡があったが、そのダンジョンの住人はなかなか見つからなかった。

ある角を曲がったとき、彼らは天井が高く間取りも広い大きな部屋に出た。しかし彼らの注意を引いたのは、部屋の隅にうずくまる大きなデーモンだった。ハーモニーは本能的に呪文書に手を伸ばし、ケンは静かに剣を抜いた。
数人の魔術師が召喚呪文を唱えはじめたときに、デーモンの目がカッと開き、裂けた大きな口から低くうねるような音が聞こえてきた。

「立ち去れ!」

(第三章へ続く)

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