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科学討論会

投稿日:2002年9月30日


全シャード
太陽が沈み、ブリタニア城の雑然とした研究室の床の上を、粘液が流れるように、音もなく夕闇が覆っていった。オレンジ色の夕日の中では、まだ未練がましく細かい塵が弱々しくきらめいている。魔道師クレイニン(Clainin)が部屋を一周しロウソクを灯してゆくと、大きな円卓を囲んで座わっている人々の顔が次第に浮かび上がってきた。

老練の科学者クレット(Krett)は、いろいろな機械工具をテーブルの上に広げて座っていた。目の前には、数秒おきにカチッと音を立てる風変わりな金属の装置が置かれている。会の開始を待つ間、クレットはその装置に部品を組み込んでいた。それぞれの部品は、組み込まれるごとにボヨンと奇妙な音を発した。その左側には、錬金術師ボルビン(Borvin)が座っていた。ボルビンは比較的大柄な男だが、悲しいかな、体全体で筋肉が占める割合が極端に少ない体質になっている。しかし、こと錬金術に関しては、高い能力と豊富な知識を誇っていた。クレイニンは、ボルビンの錬金術の知識を大いに頼りにしていた。ボルビンの左隣はクレイニンの席なので今は空いている。さらにその隣には、ミーア(Meer)の賢人長老アドラナス(Adranath)が指を組み、静かに座っていた。

『みなさん、お集まりいただき感謝します』クレイニンはやっと着席し、参加者の顔を見回した。クレットは顔を上げて微笑むと、彼の装置から大きなスプリングが天井に向けて飛び出した。クレットは慌てて手を伸ばし細動する金属部品をキャッチすると、静かに机に置き、恥ずかしそうな苦笑いを見せた。『こうしてまた討論の席を設けることができるようになって、嬉しく思います』そう挨拶しながら、クレイトンはローブの下から小さな袋を取り出した。

『最後の会では、本当に楽しませていただいたよ』ボルビンが低い声で笑いながら言った。『ありゃ誰だったかねぇ。いまや魔法審議会のメンバーにもなっているあの若造は。世界が宝石の中に閉じ込められているという説を、何度も何度も聞かされたっけなぁ』

クレイニンは気まずそうに咳払いをした。『ええ、はい。あのときは……楽しかったです』そしてすぐさま話題を変えた。『マスター・アドラナス、私どものために貴重なお時間をありがとうございます。その後、ミーアの皆様は、いかがお過ごしですか?』

『元気でやっていますよ、マスター・クレイニン。お気遣いありがとう。この席にお招きいただいたことを、光栄に存じます。こうして知識溢れる諸先生方と科学的な謎について討論ができるなど……、そう、じつに数百年ぶりのことですからな』アドラナスと席を同じくした3人の参加者は、数千歳先輩の大魔道師からの最大の世辞に、鼻高々の気分になった。

クレイニンは袋の口を開き、興奮気味に参加者の顔を見回した。『では、本題に入りましょう』彼は注意深く袋に手を入れると、大きな ズーギーファンガス(Zoogi fungus)の塊を取り出し、テーブルの中央に置いた。『みなさんご承知のとおり、ソーレン(Solen)の巣が発見されました。残念ながら、安全性が確保されないため、まだ科学的な調査を実施できずにおります。そこで今日のテーマですが、彼女はどうやってこれを……』そう言うとクレイニンは、再び袋に手を入れて、転送の粉末(Translocation powder)が入った小瓶を取り出し、ファンガスの隣に置いた。『これに変えたかです』

各人は催眠術をかけられたかのように、円卓の上の2つの物体をじっと見つめた。部屋は、ピンが落ちる音も聞こえそうなほど静まり返った。事実、そのとき図らずもクレットの手から4本のピンが滑り落ち、それが単なる誇張表現ではないことを証明して見せた。『ああ、どーも……、し、失礼。忘れてたもんで……、手に握っておりましたのを……。い、いますぐ片付けますので、はい。とんだ失礼を』彼は気まずそうに咳払いをした。

睨めっこはさらに続いた。みんなの視線を集中すれば、答えのほうが痺れを切らせてズーギーファンガスから飛び出してくるのではないかと、全員が信じているかのようにも見えた。ときどき、中の一人が顔をあげて他のメンバーの様子を伺ったが、言葉を発してはいけないような雰囲気を察して、すぐにまたファンガスに目を戻した。このままではせっかくの会が台無しになる。クレイニンはそう感じて口を開いた。『みなさん、お腹は大丈夫ですか。軽い食事でも用意させましょうか』

アドラナス、クレット、ボルビンは、互いの顔色を伺った。食事に関して彼らが合意に達することは、世界が崩壊して宇宙の塵になるより前にはあり得ない様子だった。

『みなさん、そうおっしゃるのなら……』

『空腹というほどではないですけど……』

『じつは私は人間の食べ物の愛好家でして……』

3人が同時に話を始めたので、クレイニンは片手をあげてそれを制した。『食べる物を用意するよう、料理人に言ってきましょう。何かお腹に入れれば、頭も活性化されるでしょう。特にご注文はありますか?』

『それなら……ピザなど』とアドラナスが言った。

3人の人間の頭の中の時間の流れが極端に低下し、彼らはゆっくりと偉大なるミーアの魔道師に頭を向けた。

『なにか、いけないことを言いましたかな』アドラナスは目をパチクリさせた。

『いえいえ、なにも!』クレイニンが慌てて答えた。

『だけどその……、つまりです、その……、ピザをお召し上がりに?』クレットが尋ねた。

ボルビンは身を乗り出してこう聞いた。『もちろん、エールは欠かせませんな』

『いや……、私は一度だけピザをいただいたことがあるというだけで』アドラナスは困惑の表情を浮かべた。『先日、ダーシャ(Dasha)と私とで、ミーアクリプト(Meer Crypt)の近くで怪物に襲われていた人間のご一向をお助けしたことがありまして。そのとき、礼をしたいからと、彼らの料理人が食事に誘ってくれたのです。そのとき彼が作ってくれたのですよ、ピザを……発音はこれで合ってますかな?』残りの全員がうなづいた。『あなた方の食文化は、我らミーアのものに比べて非常に豊かで複雑です。新鮮な驚きであります。しかし、ピザはとても美味でした。じつに創造的な食べ物です』

ボルビンは乗り出した体を椅子の背に戻すと、クレイニンに微笑みかけた。『ピザを何枚か頼むよ。それとエールもな』

『たぶん、ご用意できると思います』クレイニンは答えた。『では、ちょっと失礼して料理人に伝えてきます。その間、どうぞズーギーパウダーに関する論議を続けていてください』彼は眼鏡の置くの目玉をいたずらっぽく回して見せた。

3分後、彼が部屋に戻ってきたとき、ズーギーファンガスとの睨めっこはまだ続いていた。

『それで……』クレイニンは自分の席に腰を下ろしながら大きな声で言った。『彼女がどうやってファンガスを粉に変化させたか、仮説を提起してくださる方はいらっしゃいませんか?』クレイニンの声から、明らかにイライラした気分が伝わってきた。

アドラナスが咳払いをすると、言った。『その、おそらく、ユーの腐敗から彼女はある種の魔法の力を得たのではないかと。あの生物が、この世界に新しく出現した生物だとするなら、腐敗に何らかの関係があると思うのですが』

『私は、私が知る限りあらゆる方法でそれを調べた。私が持っているすべての薬と混ぜ合わせたりもしてみた。だから、何らかの魔法が関係しているとしても驚きはしないよ。錬金術的には、どう考えても不可解な現象だ』ボルビンが言った。

『あの、その、もしかして……、これはファンガスが自分で自然にですね、こうなると。彼女はただそれを……、何らかの方法で早めたというのでは?』クレットは、テーブルの上に置いた歯車を意識せずに手で前後に転がしながら言った。『何らかの、その……、物質が、彼女の体内で生成されているのかも』

だんだん核心に近づいてきた、とクレイトンは感じた。

『食事はあとどれくらいかかるのかね?』とボルビンは尋ねた。

* * *

数時間後、空になった皿やジョッキを使用人が片付けるころになっても、討論に進展は見られなかった。

『つまり、こういうことです。おそらく腐敗の副産物として、彼女は自ら意識することなく魔法を生み出し、使っている』眼鏡の位置を直しながらクレイニンは言った。『どれくらいの速度で成長したのか、さらに、それは数世代をかけたのか、あるいは一世代で完了したのかによりますが、魔法は彼女の、いわゆる生体組織の一部になった可能性があります』

『エールを飲むのは初めてですか?』ボルビンはアドラナスに尋ねた。

『今はエールではなくファンガスの話をしましょう、ボルビンさん』クレイニンは言った。『この小さなキノコは謎の塊です。あなた方がこれに興味を示さないのが不思議でならない。これは大変な発見なんですよ』

『これって……もしかして、ピザに乗せたらどうかなと……』クレットがクレイニンの要求に答えて小声で言った。クレイニンは両手に顔を埋めた。

『クレイニン、お前にお土産だ!』

聞きなれた声がドアの向こうの廊下から響いてきた。経験豊富にして天才的レンジャーのシャミノ(Shamino)だ。彼は袋を手に持ち、ニコニコしながら研究室に入ってきた。円卓の学者たちに軽く会釈をすると、彼はクレイニンに袋を投げてよこした。クレイニンはびっくりながらそれを受け取り、中を覗いた。

『こいつは、すごい量のパウダーだ、シャミノ!どこでこんなに集めたんだ?』クレイニンは驚きながらも、嬉しそうにシャミノを見上げた。

『クイーンがくれたんだ』そう言うとシャミノはスツールに腰かけ、足を組んだ。

『え、彼女に会ったのか?生きているとは聞いてたけど』クレイニンは袋の口を閉じた。そして、それを戸棚のところまで持ってゆき、中にしまった。『今ボクたちは、クイーンがどうやってズーギーファンガスからパウダーを作るのかを、討論……していたたところなんだ』

『また明日、会いにいくから、直接聞いてきてやろうか?』シャミノはそう進言した。

『また会いに行くって?何を考えているんだ。そんな危険なところは、一度行けば十分じゃないか』ボルビンが口を出した。

『そうでもないさ。ボクはもう、あそこの顔だからね』シャミノは立ち上がり、気取らない仕草で伸びをしながらドアに向かいつつ言った。『怒ってないときは、面白い連中だよ。働きアリと小石でキャッチボールをしたぐらいさ。ヤツは楽しそうにしてたよ』

アドラナスは目を見開いた。『あなたには襲いかからないと?』

『でも……、あの、いったいどうやってお友達になれたのです?』とクレットが尋ねた。

シャミノは学者たちを振り返り、後ろ向きに部屋を出ながらニコリと笑って答えた。 『ボクはレディーの扱いには慣れてるからね』

シャミノが去ると、男たちはしばらく部屋の中で押し黙ってしまった。

『つまり、シャミノについて行けば、好きなだけ彼らの巣の中にいられたってことか』クレイニンはため息交じりに言った。『そうすれば、今ごろはファンガスの謎もとっくに解けていたはず』

『いずれにせよ、クレイニン君、私は楽しかったよ』とアドラナスが言った。『食事もすばらしかったしね』クレイニンは、ふて腐れた顔を見せたいところを、必死に堪えた。

ボルビンが笑いながら言った。『それに、あなたは初めてのエールを体験できた!』これにはクレイニンも顔をしかめた。

『そうそう、こ、今夜の集まりがまったく無駄だったとは言えませんよ。それぞれ、何らかの、そのつまり、科学的な成果を得られたと思うんですけど』とクレット。

『それは何です?』クレイニンはクレットを見上げて言った。

クレットは、取っ手の先に鋭く細かい歯が並んだ歯車を取り付けた道具を手にしていた。『私は、これを発明できました。ピザカッターです』
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