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到来

投稿日:2001年11月5日


全シャード
パワークリスタルの鈍い輝きが、ニスタル(Nystul)の薄暗い研究室中に光を散りばめ、様々なガラスの実験器具がその光を映し出している。研究室の窓から入る月の明かりが彼を優しく包みこんでいるかのようであった。その年老いたメイジが気だるそうに腰掛けると、パワークリスタルの微かな紫の明かりは、彼の顔の心労から来るしわを、より深くしていくようにも見えた。かなりの時が経過したようだった。彼の助手をある会議を召集するために遣わしたのだが…。太陽がとっくに暮れてもその姿を見せることなく、蝋燭はすでに捏ねた蝋の塊と化していた。その間ずっと、彼はクリスタルを眺めながら、研究室のテーブルを殆ど離れてはいなかった。

この世界は力を持った指導者を必要としている、と彼は思ったが、だからといって、彼の信念を曲げるわけにはいかなかった。紫の光がしばらくの間、彼の目に映っていた。そして、少し目を細めてそれを見ていた。王はいつの日か、これがブリタニアにやってくる事を知っていたに違いない。姿だけを変える不死の邪悪…。その邪悪が地を這うようにしてこの地に再びやってくる事はない、と考えていた自らの愚かさに恥じ入っていた。もっと長く、彼をこの地に留めておくべきだったのだ。彼は行かねばならなかった。それは分かる。しかし、この地は彼の不在により苦しんでいるのだ。私は民衆が彼が居なくとも、この邪悪を追い返せること願うのみだ…。

軽く肩を叩かれたことで、ニスタルは目線を上へとやった。彼の実習生であるクレイニン(Clainin)は目が合うと、少しばかり驚いた。自分の師匠の邪魔をしたのではないかと、その実習生は不安げだった。ニスタルはすぐに振りかえり、またクリスタルを眺め始めた。

『申し訳ございません。あの・・・、お邪魔するつもりはなかったのですが・・・、。よろしいでしょうか?』クレイニンは年老いた師匠と彼の友人の陰鬱な表情を気に掛けながら、ゆっくりと話した。『こんな暗い研究室、先生、お好きでなかったでしょう。蝋燭をつけましょうか』

『放っておいてくれ、クレイニンよ。余計な事をするな。年を取ったのじゃろう・・・、お前が近づくのに気付かなかったのじゃよ』彼はゆっくりと立ち上がったが、その視線はクリスタルに注がれたままであった。『皆、集まったのか?』

『はい、ニスタル先生。皆、玉座の間に集合しております。彼らを集めるのに手間取り申し訳ございませんでした。クレット(Krett)に至っては、作業場から連れ出すのに、もう少しの所でフレームストライクを使うところでした。クリスタルが手に入って以来、彼は昼夜問わず、ゴーレムを作り続けているのです』

『クレイニンよ、お前にはよく説明できたじゃろうか?』ニスタルは突然振り向いて、彼の目前の弟子を見た。

『何でございましたでしょうか?』クレイニンは困惑した。その時、彼は師匠の顔に、今まで見た事のない不安げな表情を見たのだ。

『お前への訓練は十分じゃたろうか?私はお前に自らと一体となれる魔法の知識を授けたじゃろうか?それらはエーテルの謎を自らの力で切り拓いていけるものじゃろうか?それらはまた、この国を守るべく、本当にお前に全ての魔法を駆使させる事が出来るものなのじゃろうか?』

『私は…、私が思いますに、才能という点であなたの力と比較する以前に、私は何年という間、あなたの下で修行してまいりました』クレイニンは彼の師の様子をうかがいつつ、戸惑っていた。『今まで受けてきた教えの中で,あなたからの教え以上のものは受けた事がありません。あなたが城を留守にしているとき、研究室を整理整頓しておく事だって出来ます。あの…、スライムと魅惑の魔法で少しへまをやらかしましたが、階段の酸で解けたところはきちんとカーペットで隠しておきましたし…』

『お前はずっと従順で献身的な私の弟子じゃ、クレイニン』ニスタルはそのメイジの肩に手を置いた。『いつの日か素晴らしい魔導師になるじゃろう』

クレイニンは少しばかり不満げであった。『あの…、私に期待してくださっているのは、とても光栄なのですが…、一体どうなさったのですか?』

ニスタルは悲しげに微笑んだ。『また、次の機会に話そう』彼はクレイニンをドアのほうへと導いた。『まさに今、ブリタニアが我々の智慧を必要としているのじゃ』



城の玉座の間は静まり返っていた。ただ、クレッツが床一面にクロックワーク=アッセンブリー(clockwork assembly)を散らかして作業する時のカチカチという音を除けば。シャミノ(Shamino)は椅子にもたれかけ、容易そうにダガーを宙に投げては、それを器用に掴んでいた。玉座の側にはデュプレ(Dupre)が立っていた。その戦士の体格は広間を照らし出す蝋燭の明かりの中でより威厳を増していた。彼はまるで彼の主君がまだそこに座っているかのように、王の席のすぐ横でそれを守護するかの如く立っているかに見えた。

クレイニンが歩いて行き、集まっている者達に静かに一礼した。彼らは頷きで彼を迎え入れ、そしてニスタルが部屋の入口の二人の衛兵に話し掛ける間、それを待っていた。衛兵は広間から出て行くと、ニスタルの後ろで扉を閉めた。彼は集まった者達より、一段高い場所に立ち、そこにいる者の興味を引くかのように、周りを見渡した。『皆、ご多忙の中、万事多難を排し、お集まりくださった事、恐れ入ります』

シャミノはダガーを掴み、音をたてずにそれをベルトに収めると、もたれかかるのを止め、背筋を伸ばして座り直した。『クレイニンがせかすので、出来る限り早くやってきました。彼が言うには、ニスタル殿、あなたが何か発見したとの事でしたが?』

ニスタルは頷いた。『その通り。そして、ここにいる皆に、それがよい知らせであったならばと思う…』

『やけに恐ろしい顔つきだな、旧友よ』デュプレが玉座の脇から言った。『あなたが見つけたという物が、一体全体どのような物なのか、我々に教えてくれ。我々は共にそれと対峙しようではないか』

その年老いたメイジは溜め息をつき、彼の前に集まった人々を見渡した。『クレットとシャミノが見つけてきたクリスタルを念入りに調べたのじゃ。ここ数日というもの、イルシェナーで見つかったものと併せて、その秘密を解くべく時間を費やしてきた。今から説明する事は…、本当に恐ろしい知らせになるじゃろう。しかし、今、目前に迫っている危機がどれほど深刻なものであるか理解する為にも、どうしても聞かせておかなければならんのじゃ…』

彼は話しながら、床をゆっくりと歩いた。その間、彼の影は蝋燭の明かりに照らされて、それが集まった者達の上で揺らめいた。『ここにいる皆が知っての通り、魔術はそれを使うメイジ個人と、とても密接な関係を持っている。魔法のエーテルが呪文を唱えるものによって使われるという現象は、その者の声や表情と殆ど同じくらい、その個人に密接に関連するのじゃ。このクリスタルは…』彼はその人工的な物をローブから取り出して言った。『…魔法により作られており、そして作成者のエナジーを宿している。発しているこの力を感じられる方もいるのではなかろうか』

『そうすると…、そのクリスタルを作った人物を…、えーと、あなたはご存知なのですか?ゴーレムの背後に…、えーと、誰がいるのかもご存知なのでしょうか?』クレットが興奮気味に尋ねた。

『残念じゃが、攻撃者がどのような者であるか、いまだ謎のままじゃ。‘エクソダス’という言葉が、仮に意味を持っているとしたら、それが何を意味しているのか、今のところ不明じゃ。しかし、いま知らせしたいのはそんな事ではない。ブリタニアに攻撃を仕掛けてきている者は皆、共通した魔法の力を持っている。そして、それは私の人生で、以前ある他者にそれを見出した事があるということなのじゃ…』ニスタルは立ち止まり、集まった者たちの注目が彼一身に集まっているのを確認しながら、彼らの方へと振り向いた。『私の言う他者とは、ミナックス(Minax)の事じゃ』

シャミノ、デュプレ、そしてクレットは驚きを共有しているかのような感覚に陥った。

『ミナックスはゴーレムを作り出す元となる物を持ってはいない。そしてゴーレムはフェルッカで、彼女のために派閥戦争を戦っているとは思えないが』デュプレは言った。その声は信じられないという事からか、雲がかかったような声だった。

シャミノが素早く立ち上がって言った。『すると…、モンデイン(Mondain)…?』

『いや、モンデインではない』ニスタルは即座に応えた。『遥か昔に死んでいる。いや、この魔法の力は奴らに通じる物はあるが、幾分違うところもあるのじゃ。ではあるが、私はこの脅威を深刻な物として恐れずにはいられないのじゃ』

『えーと…、あの…、質問、よろしいでしょうか?』クレットが言った。その声はその場の緊張感からか、小刻みに震えていた。『モンデインとかミナックスとか…、えーと…、どうして私がここにいるのでしょうか?私はただの細工師ですよ。腕には自信ありますが…、あの…、そんな大それた邪悪に立ち向かうなんてとても…』

『クレット、君の知識が必要なのじゃ』ニスタルは言った。『敵はこうしている間にも姿を隠している。魔法のサインを発しているクリスタルが、奴らの居場所がどうやって隠されているのか、その詳細について幾つか興味深い事を教えてくれたのじゃ。クレットよ、君はクリスタルとゴレームとがどういう関係にあるのか、ゴーレムがどうやってクリスタルの力を使うのかを理解している。その知識が必要なのじゃよ』

『実際には、何をするのですか?』シャミノが尋ねた。

『クレットと私は敵の居場所を特定する装置を作る予定じゃ。イルシェナーからの情報を総合すると、ピラミッド型の建造物が敵の潜伏場所へのある種の出入口なのではないかと思っている。それが発見されて以来、相当な量のエーテル=エネルギーを用いた呪文で封印されているのじゃ』ニスタルはクリスタルを高く掲げた。彼の顔にやわらかな光の影が出来た。『これのお陰で、エネルギーがどこからやってくるのか知る事が出来る』

『お話を聞いて不思議に思うのですが、』クレイニンが言った。『そんなにも強力なバリアを維持していく魔法エネルギーでしたら…、それは…、あの…、世界中から集めなければならないのではないでしょうか…』

『その通りじゃ、クレイニン』落ちこんでいるその場の雰囲気に反して、ニスタルは弟子に対して微笑みかけた。『そして実際に、イルシェナーに魔法を唱える者は、ピラミッドを閉じこめておくために必要な量を越えてしまっているのじゃ。その事が何か他の下劣な目的に利用されていなければいいのじゃが』

『それがどういう結果を生む事になるのでしょうか?私達はブリタニア中に調査隊を派遣してきました。そして、その様な膨大な魔力に繋がる手掛かりを何一つ見つけられないでいます』クレイニンは部屋をゆっくりと行ったり来たりしながら言った。『エネルギーを集めようとする者なら誰しも…』彼は立ち止まった。その顔は紅潮していた。『そのエネルギーは魔法で隠しておかなければならない…!?』

『その通りじゃ』ニスタルは実習生の肩に手を遣った。『私は何がこのエネルギーを集めているのか知る為に、様々な魔法を使った。今のところ、その魔法はトランメル、フェルッカ両面のあらゆる場所から引き出されている事位しか私には分からぬ。そこでクレット、私が君の助けを借りて作ろうとしている装置は,敵の力の根源を暴き出すための物なのじゃ。いったん見つけたとなれば、あとはそれがどのような物であっても破壊するのみじゃ。ピラミッドはきっと開く。ガーゴイルを奴隷としている者の正体も分かるかもしれない』

『そうなったらもっと多くの事が分かるかもしれませんね…』クレットは夢でも見ているように、宙を見上げていた。彼以外の人が、僅かばかりの好奇心を伴って彼を注目している事に気付くと、現実に押し戻された。『それはそうと…、私達が…、ああ…、私達はあなたの言うその装置を、まず最初に作らなければならないのですか?』クレットが尋ねた。

『そうじゃ。第一段階としてな。』ニスタルは溜め息をついた。『容易な事ではないことは分かっている。恐らく我々が集められる以上の、膨大な量の素材を必要とするじゃろう。クレイニン、全ブリタニア市民に告知してくれ。我々は素材収集の為、相当な助力を必要とする。城の中庭にその装置を作ることになろう。全市民がそこに必要な物を持ってくる事が求められているのじゃ』

『あなた方がその装置の作成を終えたら、私はトランメル中を偵察して回りましょう』シャミノが言った。『魔法を収集している敵の正体が暴かれたなら、それを出来る限り早く発見し、破壊せねば。デュプレよ、あなた方にはフェルッカをお任せできますか?』

『わかった』重装甲のパラディンは答えた。『だが、他の派閥の連中が、事を複雑にせねば良いのだが。フェルッカでその魔法収集の何かしらを見つけたとしても、恐らくはミナックスの連中や、或いはシャドーロード(Shadowlord)の連中ですら、我々がそれを破壊するのを食い止めようと、手薬煉引いて待ち構えているかも知れぬ。奴らが本気で事を構えようとしているなら、我々に勝ち目は無いぞ』

『その様な状況が発生すれば、メイジ評議会(Council of Mages)の助力を得ることが出来ます。』クレイニンが言った。『リーダーの中に、影響力がある友人が数人いるのですよ』

ニスタルは部屋の中央まで歩き、集まった者一人一人の顔を見つめた。『これで、各人のなすべき事が御分かり頂けたはずじゃ。友よ…、今回の新しい脅威が全ソーサリアにとって、どれほど致命的な物になるかなどと言っている場合ではない。全世界がこの邪悪を根絶するべく、ブリタニアに住む全ての人々を頼みにしているのじゃ。さぁ、仕事に取り掛かってくれ。やる事は山ほどあるぞ』

そこに集まった彼らは、各々の仕事に向かうのに先だって、立ちあがり、お互い軽い別れの挨拶をした。ニスタルは無言で彼らを見つめ、そして自らも振りかえり、その場を立ち去った。

私には確信がある。彼ら、そして私は‘エクソダス’が何であったとしても、それを食い止めて見せる。ただ望むとすれば、私が王の下に行ったとしても、彼らが私なしで戦い抜いてくれる事だ。ニスタルはそんな風に思っていた。
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