Part T:復活

現実

「マラス(Malas)だって?」グレイン(Greyn)は地平線を見渡した。太陽は熱い砂の上で踊る陽炎に揺らいでいた。だが、彼の弟と、2人の親子と、彼らが乗ってきた馬以外は、生命の気配がまったく感じられない。「初めて聞く地名だ」

ファラ(Fallah)はグレインから目をそらして言った。「知らないはずです」彼女は歩き始めた。

グレベル(Grevel)は咳払いをすると、悲しげな目で兄弟を見つめた。「あんたたちには、この場所について言っておかなければならんことがある。聞いて嬉しい話じゃないがな。あの渦巻きに落ちて、2人揃って無事にここへ辿り着けたのは、本当に運がよかった」

「どうして渦巻きのことを知っているんだ?」モーディン(Mordin)が尋ねた。「近くに他の船はいなかったし、かなり沖合いのことだったから……」

「マラスの人間なら、みんな知ってるよ」グレベルはモーディンを遮って続けた。「みんな、そいつに飲まれてここへやって来たんだからな。だから、オレたちはこの湖を入口の湖“ゲートウォーター”と呼んでるんだ。渦巻きに飲まれた人間は、みんなこの砂浜に打ち上げられ」 グレベルは一呼吸入れた。「何十年もかけて、みんなでブリタニアに戻る方法を探したが、いまだに見つかってない。気の毒だが、あんたたちはもう、ここからは出られんのだよ」

モーディンは目を大きく見開き、グレインの脇に跳び下がった。「ボクたちは島流しってわけか?」

「いや、そんなんじゃない。ここの住民に悪い者はいない。みんな単なる漂流者だ。罪人じゃない」グレベルは水を一杯コップに注いでモーディンに差し出した。モーディンはそれを受け取り、ゆっくりと飲み下した。「ファラとオレは、今から10年前にここへ流されて来た。ここへ来てまだほんの数年っていう者もいれば、20年以上もここで暮らしている者もいる。ここから馬で少し行ったところに、オレたちの村がある」

グレインは水辺に歩み寄った。「だけど、ただの嵐だったんだ。たしかにかなり大型だったけど、元の世界に戻れないほど遠いところまで流されるなんて……、だけど、あんたさっき、これは湖だと言ったな?」

「ここには海はないのよ」ファラが優しく答えた。

グレベルは、兄弟たちの肩をしっかりと掴んで言った。「あんたたちには、話したり見せたりするものが山ほどある。村に帰れば、きれいな服も温かい食事もある。すぐには受け入れられないだろうが、とにかく村に帰ろう。砂丘の夜は冷えるからな」

グレインはうなづいた。「グレベル、あなたがたの親切には感謝するよ」彼はグレベルの手を握った。「私はグレイン・グリムズウィンド。そしてこれは弟のモーディンだ」

ファラとグレベルは一瞬身を凍らせ、表情を失った。

「グリムズウィンドと言ったかい?」グレベルは立ち止まり、悲しい目でグレインを見つめた。「ブレビノール・グリムズウィンド(Brevinor Grimmswind)と同じ、グリムズウィンドか?」

モーディンが振り返った。「それは父だよ!ここにいたのか!」モーディンはグレインの両肩を掴んで言った。「言っただろう、兄さん! 兄さんはあきらめようと言ったが、ボクは絶対に見つかると思ってたよ!」

「ここにいたよ。だが、1日に2つも悪い知らせを伝えるのは辛いんだが、父上はもういない」

「だけど、ここから離れる方法はないはずだろ!」モーディンが聞き返した。

「あんたたちの父上は、4カ月前に亡くなった。できることなら、こんな形で伝えたくはなかった。父上は、地図を作るための測量の旅から戻る途中に、クリスタル・エレメンタルに襲われたみたいなんだ。オレたちが発見したときには、もう手遅れだった。父上は、オレたちの村に欠かせない人だった。村の者たちはみんな、父上にはさんざん世話になった。オレたちは、あの人を元の世界に返すためだったら、なんでもした。あの人は、あんたたちにもう一度会えるとわかったら、どんなことでもしたはずだ。家に帰ってあんたたちの顔を見るという希望を、最後まで捨てていなかったよ」

モーディンの目に涙があふれ出た。彼は両手で顔を多い、その場に膝から崩れ落ちた。


モーディンはグレベルの前に、グレインはファラの後ろに座り、4人は2頭の馬に分乗してゆっくりと村に向かった。砂丘を北へしばらく進むと、やがて緑の草と花に覆われた場所に出た。

「父さんは、相変わらず親馬鹿ぶりをさらけ出していたようだね」グレインは笑って言った。「父さんのことを考えると、オレたちが来たときに村のみんながわかるように、2人の肖像画を掲げていなかったのが不思議なくらいだ」

「そりゃあ、あんたたちを自慢に思ってらしたよ」グレベルは言った。「あんたはブリタニアで最高の騎士になる。モーディンは世界をひっくり返すほどの魔法使いになる。心の底からそう信じておられた。この村には、腕のいい鍛治師がいる。あんたには上等な剣を作ってくれるだろうよ。魔法用品の貯蔵所もある。何年か前に海岸で見つけたんだ。モーディンが使うと聞いて、反対する者はいないさ」

モーディンの表情は虚ろなままだった。彼の頭は、馬の歩調にまかせて左右に揺れていた。「そうですね」

「ひとつわからないことがあるんだ」グレインは言った。「ファラ、マラスには海がないと言っていたけど、山に囲まれているということか?」

ファラは大きな茶色の瞳を父に向けて助けを求めた。グレベルはニヤリと笑い、また前を向いた。ファラはわずかにグレインのほうに体を傾け、ささやくように答えた。「今にわかるわ」

馬がなだらかな丘の頂にさしかかると、グレインは皿のように目を見開いた。「こいつはたまげた!」グレインは馬の腹を蹴った。馬は早足になり、びっくりしたファラは小さな悲鳴をあげたが、やがてそれは笑い声に変わった。彼が遠くに見たものは、ファラとグレベルが話していた村だった。村は崖の縁に横たわっていたが、崖の下には何もない。ファラの上に身を乗り出すようにして、グレインはますます馬を激しく走らせ、村の真ん中に駆け込んだ。グレインが手綱を引いたのは、崖の縁から馬もろとも2人が転落しそうになる直前だった。グレインは馬を降りるとそのまま崖縁まで走り、滑り落ちないよう四つん這いになって崖の下を覗き込んだ。彼の目には、マラス全体が夜の闇の中にぽっかり浮かんでいるように見えた。「なんてことだ、こいつはまた……星の海だ! モーディン、見てみろ、星の海だ!」

グレインは誰かが肩に手をかけたのを感じて振り返ると、ファラが笑いながら立っていた。「これを海と呼ぶなら、そうね、たしかに海はあるわ」ファラはかすかに顔を赤らめ、やがてきびすを返して、こちらへ向かってくる父とモーディンのほうを見やった。

「おまえさんたちが来たことを村の連中に知らせてくる」とグレベルは言った。「ブレビノールの息子たちが来たと言っても、みんなすぐには信じないだろうな」

モーディンはゆっくりと歩み寄ると、グレインの脇に立って虚空の星々を眺めた。

「ねえ、兄さん」

「なんだ、モーディン」

「グレベルは、父さんがここでたくさんの地図を作ったって言ってたよね」

「ああ。それはオレたちのものだとも言ってたよ」

モーディンは、この数日間のこと、そして父のことを思い起こしながら、しばらくの間、虚空を見つめていた。

「兄さん?」

「ん?」

「ここを探検しよう」


暗闇のどん底で、2つの暗い心が重なり合い、ひとつの希望の和を生み出した。……地図を使おう。そこからまたすべてが始まる!