ダーク・ファセット
オリジナルのブリタニアには、不死の宝珠(Gem Of Immortality)の破片、すなわち“シャード”があり、ウルティマ オンラインの世界はこの中に存在しています。ここに紹介するのは、シャード研究の第一人者であるひとりの魔法学者の評論です・・・

クレイニン(Clainin)著、不死の宝珠の残骸に関する記録『シャードの観測』より抜粋。

若輩魔法使いだったころの私は、その昔に異世界の来訪者が破壊した不死の宝珠の力について、思いを馳せたものだ。モンデイン(Mondain)は恐ろしい悪魔だった。彼は完全な形をしていた不死の宝珠の力を操り、全ソーサリアを手中に収め、たった一人ですべてを支配した。これをもし、善良にして高徳な人物が手にしていたなら、同様に強大な力を発揮して世界の悪を抹殺できただろうか? 私は、宝珠が人の役に立ち、ブリタニアに悪が芽生えれば、片端から根絶されるという夢の世界に憧れを抱いていた。そのため、宝珠が破壊されてしまったことを悔やみ、別の方法でモンデインを倒し、宝珠を無事に奪い返す手立てはなかったものかと考えた。しかし、シャード研究を重ねるにつれて、かつて私を魅了したユートピアの空想は、無知な若者の青臭い夢物語に過ぎなかったと思い知るようになった。宝珠の中に、どす黒い怨念が封じ込められているという推測を裏付けるに足る証拠が出揃ってしまったからだ。

過去の評論でも解説したように、不死の宝珠は、破壊されると同時に私たちの宇宙と深い繋がりを持つようになった。その結果、それぞれの破片の中にソーサリアの複製が生じたのである。前回の評論では、そのすべての複製世界に私たちの複製が暮らしていて、それぞれ異なる人生を歩んでいる可能性があると私は述べた(私はときどき、私自身の複製もそれらの世界に存在するのか、また彼らはどんな人生を送っているのかを無性に知りたくなることがある)。複製ソーサリアは、私たちの目には宝珠の破片の中に浮かぶ小さな天体としか映らないため、その世界の詳細な様子を見ることは難しい。しかし、いろいろなことがわかってきた。シャードは、もともとの不死の宝珠の形をとどめてはいない。同様に、その中の複製世界も、元の世界とまったく同じではないのだ。各シャードのそれぞれの結晶面“ファセット”には、それぞれ異なる世界が存在する。比較的大きく、均一な形をしたファセットでは、私たちが住む元ブリタニアと比べると地形の一部にわずかな差異はあるものの、ほぼ正確な複製の世界を見ることができる。それに対して、小さく歪な形をしたファセットには、このブリタニアとは似ても似つかぬ世界が存在している。その住人たちの文明も、私たちが知るどの文明とも大きくかけ離れたものに違いない。通常はどのシャードにも、山脈に囲まれ白く浮き出た大都市を中央に構える大陸を有する、際立ったファセットと、南部に湿地帯、北部に砂漠という古代の地勢を残す原始大陸のファセットがひとつずつある。これはあくまで私の仮説だが、不完全な、ときとして鋭い角を持つファセットの形が、元はブリタニアの複製であったものを奇妙な別世界に変形させてしまったのではないだろうか。世界を収納している容器の形が変われば、空間、時間、魔法といったあらゆる要素も、新しい形の世界に適合するよう変化するはずだ。さらに、それぞれのファセットで、過去、現在、未来が新しい形と辻褄を合わせるように劇的に変化してしまっていることは十分に考えられる。つまり、時系列の遡及訂正だ。こうした世界の遠い昔や遠い未来に、いかなる奇怪な新文明が築かれたかと問われても、私たちの想像が及ぶところではない。

シャードの住民は、ファセット間を移動できるようだ。シャード内のひとつのファセットから別のファセットへの物理的な旅行はどう見ても不可能だが、魔法か、あるいはムーンゲートを使えば可能性はある。前にも述べたとおり、シャードの外から眺めることしかできない私たちには、正確なところはわからない。しかし、一部のファセットには、人類または高度な知的文明の流入によってのみ起こり得る変化が明白に現れているのだ。それまで明らかに無人だったあるファセットでは、城のような建造物が突然に出現した。また別のファセットでは道路が延びてゆき、森が切り開かれる様子を目撃している。そこに私は疑問を抱き続けてきた。これらのファセットは、なぜこれほど長い間完全に無人のまま放置されていたのか、それがなぜ今になって突然人の手が入るようになったのかと。そして今、私はひとつのヒントを手に入れた。それは、パズルの新しい局面を開く新しいピースだと私は信じている。

すべてのシャードには、ひとつだけ他とは明らかに異なるファセットが含まれている。私はそれを暗黒の結晶面、すなわち“ダーク・ファセット”と呼んでいる。ダーク・ファセットは、そこだけ光を吸収しているかのように、全体が闇に包まれている。そこにも世界が閉じ込められているのだが、それは私が夢想だにしていなかった世界だった。大陸は、全方位に広がる巨大な虚空の中央に位置している。まるで、暗い星の海の中に浮かぶ大きな島といった感じだ。自然の法則をどれほどまでに捻じ曲げれば、このような世界が存在可能になるのか、私には見当もつかない。世界全体が大きな魔法によって保持されているのだろうか。この謎は、残りの生涯をかけて考えても解明されることはないだろう。それどころか、知れば知るほど深まるばかりだ。

私は幾度となく、ダーク・ファセットで起こった天変地異を目撃してきた。少しずつ大陸が崩壊してゆくのだ。まるで巨大地震によって大地が切り崩され、その破片が次々と暗い奈落に落ちてゆくように見える。ダーク・ファセットでは、そうした大災害の度ごとに、そこに暮らす生命も一緒に消滅したかのように見える。それまで続いてきた人類社会の発達の印は途絶え、都市も闇の中へ消え去ってしまうからだ。しかし、あらゆる生命の痕跡が失われたと思いきや、やがてまたダーク・ファセットにどうした理屈からか文明が蘇る。そして、崩壊のプロセスが新たに繰り返されるのだ。これを踏まえて今、私の過去の記録を読み返してみると、ダーク・ファセットの世界が崩壊した直後に、同じシャードの別のファセットに人口の増加が認められる。このことから、ダーク・ファセットの大災害は、そこと繋がりを持つ他のファセットとの間に何らかの関連性があると結論せざるを得ない。障壁のようなものが崩れ始めているのだろうか。さらに私は、あのダーク・ファセットを包んでいる巨大な影が、モンデインの悪意を反映したものではないかと思えてならない。それは、ダーク・ファセットの中の世界と同様に、醜く捻じ曲がった怨念だ。

以上の謎は、シャードの中の世界に入り実際に探索しない限り、永遠に解くことはできないだろう。少し前までは、その奇怪な現実世界をぜひこの目で見てみたいと願っていたのだが、今は、その世界の住人に対する恐怖心が先に立つ。そこには、私たちの想像を絶する恐ろしい魔物が潜んでいるように思えてならないからだ。