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覚醒 - 第一章 第二節

投稿日:2012年2月15日

「ちくしょう! ちくしょう、ちくしょう!!」またしても壁に阻まれたように思え、失望の中怒鳴り声をあげたカリー(Callie)は、 ブリテイン公立図書館の自分が使っている小さな机の上から紙の束を投げ捨てた。スカラブレイでの努力は実らなかったし、この首都でも問い合わせてみたが、彼女にはより多くの援助が必要であると主張したにも関わらず、やはり駄目だった。一人の書記が姿を現したのでカリーは階段の方をちらりと見た。この初老の紳士はカリーの様子を心配して踊り場から遠目にこちらを見ているようだった。カリーに問題がないことに満足した様子で書記は階段を下りて戻っていった。全身から急に力が抜け、崩れるように椅子に座ったカリーは、ブロンドの前髪を片側へ手でなでつけた。

ここに至るまでの経緯を、カリーは頭の中で思い返しはじめた。彼女の両親はこの同じ問題を何年にも渡って研究し、解決目前だったが、ドーン女王(Queen Dawn)の治世前に起こったクリムゾンドラゴン(Crimson Dragon)の襲撃で、二人とも命を落としてしまった。それ以来、カリーは両親がどこまで到達していたのかを必死に調べたのだが、両親の知り合いがほとんど判らない状況では、カリーの取れる手段にも限界があった。彼女はすぐに自分に残された金をほとんど使い果たしてしまったので、これまでのことが無駄になってしまう前に、何か明確な成果を出さなければならなくなった。長いため息をつき、カリーは投げ散らかした紙を拾い集め、再びきちんと揃えて重ねはじめた。あと少しだけではあるが、まだ試せる道は残っている。私物を自分の肩掛けカバンに詰め込んで、カリーは階段を下り、何が待ち受けているのかを知る由もなく外へと出て行った。古いブリテインクロスロードを使ってムーンゲートに向かうべく、カリーは大股でブリテイン第一銀行の方向へ歩いて行った。

考えごとにふけったままカリーは角を曲がり、使いこまれたパイクを持った粗野な風貌の無精ひげの男にぶつかりそうになってしまった。この男は狂気じみた表情を浮かべており、悪意を持っている、あるいは錯乱しているとしか思えなかった。そのどちらであったとしても、彼が危険であることに変わりはない。武器のぶつかり合う音、焼け焦げる臭い、煤けた建物やがれきの山といった光景に気づき、彼女はたちまち我に返った。パニックに陥ったカリーは腰につけていた小さなタガーを掴むとこの男に投げつけた。しかし所詮は素人、彼女の投げたダガーは男に当たったが、当たったのは刃ではなく柄の部分だった。男は顔を怒りにゆがめて手にしたパイクを構え、カリーは恐怖で目を見開いた。彼女の心臓はまるで破裂しそうな勢いで激しく鼓動し、その鼓動で自分の足元の地面が脈動していると感じ、自分は正気を失ってしまったと確信した。しかし1秒もせずに、彼女はその真相を知ることになったのである。

ローブとクローク、そして彼女はこれを確信を持って言えるのだが、道化帽をかぶった男が、いきなりカリーに体当たりして地面に押し倒し、「動かないで!」と叫んだ。そして彼女の骨にまで響き渡るような唸り声をあげながら、カリーがいましがた立っていたまさにその場所に巨大なドラゴンが勢いよく舞い降り、パイクを持った男をその顎にとらえたのである。重い足音が石で舗装された道路に響き渡り、獲物を高々と咥えあげたドラゴンの着地の衝撃で彼女の体は揺れた。カリーに体当たりした男はこの巨獣に何かを叫んだが、ショックのあまり、彼が何といったのかはカリーには判らなかった。彼女の耳に届いたのは、激しくパニックに陥った悲鳴、続いて大きな衝撃音、そして静寂。「あなた……あの男を殺したの……そんなことをするなんて……」

男のローブとクロークは明るくけばけばしい色をしていて、頭上に鎮座する道化帽とよく似合っていた。男が身を起し、怯えて彼を見つめながら声を震わせたカリーを見下ろしたとき、道化帽につけられた鈴が軽くチリンチリンと音をたてた。そして男はカリーに手を差し伸べて笑みを浮かべたが、その表情はあまりに自然に浮かんだので、本心からの笑みに違いなかった。「あの男は死んでなんかいませんよ、麗しきお方。ですが、あなたが気遣う必要もないと思いますがね。あの男、あなたの命なんかこれっぽっちも気にかけていなかったと思いますよ。このタラサ(Talratha)はあの男を咥えて放り投げただけでね、それ以上のことは何もしていません」男はグローブで覆われた手を差し出したままカリーがその手を掴むのを待ち、彼女を助け起こした。「それにしても、もっと気をつけた方がいいですよ。最近は通りも危険だし、ガードたちの手も回りませんからね」遠くで大きな破壊音が聞こえ、東に一筋の煙が漂いだした。するとこの奇妙な身なりのテイマーは、ためらいの表情を浮かべつつ、心配そうにその方向へ目を向けた。

彼を見ると、まだ彼女のことを心配そうに見ているのが判った。そしてすぐに、彼はカリーの言葉を待っているのだと悟った。「私は平気よ……、もう一人で大丈夫」そう彼女が言うと、すぐに男は走りだした。力強く翼をはばたかせてドラゴンが追従する。彼らはあの煙の火元を目指しているようだった。震えながらカリーは自分のダガーを拾い上げ、血まみれで気を失った襲撃者(raider)のあの男に視線を向けた。あのドラゴンは、とても丁寧とは言えないやり方で彼を放り投げたらしい。しかし、最近街中でよく目にするゴミの山の一つに正確に襲撃者を放り込んでいた。僅かな嫌悪感がわきおこり、自分のカバンを手繰り寄せると、カリーは先ほどよりもずっと速足で街を出た。今度はしっかり周囲に注意を払って歩いた。この大きな街を後にしたとき、カリーは少し安全になった気がした……。

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