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凶兆

投稿日:2011年3月25日

バーチューベイン(Virtuebane)は、呼び寄せた彼の忠実なるベインの選民(Bane Chosen)たちを前に、そびえたつような大きな姿を現して立っていた。総員召集を不思議に思いながらも、選民たちは新たな命令を心待ちにしてバーチューベインの姿を見ていた。バーチューベインが静まるように命ずると、あちこちで交わされていた会話はぴたりと止んだ。

「我が選民たちよ、我らの時は来たり! ブリタニアを導く女王ドーン(Queen Dawn)は倒れた! 奴らの士気は下がり、まもなく全てを失うことであろう! 我はうぬらに約束した。我に従い、我に尽くせば褒美を与えると。我らの勝利に向け、これより最終段階に入る。皆のもの、準備はよいか?」

膨大な人数のベインの選民軍の間で同意と喝采のどよめきが巻き起こった。ドラゴンの乗り手たちは彼らの操る恐ろしい獣を後ろ足で立たせ、ハウンドマスターは従えたハウンドたちに遠吠えを命じる。戦士や新兵たちは武器と盾を打ち鳴らし、その金属音の合唱があたりに鳴り響いた。バーチューベインの顔には、その冷酷な気性を示すようなニヤニヤとした大きな笑みが浮かんでいた。

「うぬらは皆選ばれし者ぞ。今こそその忠誠に褒美を与えてやろう! 喜べ、うぬらの想像を遥かに超えた力を与えよう、そして我に仕えるがよい」

そう言うなり、バーチューベインは手を伸ばし、選民たちに向かって何かの仕草をした。はじめは何も変化がないように思えたが、次第に変化があらわれはじめた。自らの体が湧きあがる力で揺らめき、ちらちらと光を放ち始めたことに選民たちは次々と気付きはじめた。やがて光は目がくらむほど眩しく輝いたかと思うと、ベインの選民軍は全て、ドラゴンの乗り手も、ハウンドマスターも、戦士や新兵も、異形の姿になり果てていた。バーチューベインの目前には、完璧に忠実な、新たなる巨大軍隊の隊列が誕生したのである。バーチューベインが手で合図を送ると、このエンシェントヘルハウンド(ancient hellhound)の軍団は、一斉に声を揃えて咆哮をあげた。首尾よく事を運んだバーチューベインは、残る準備をすませようと意気揚々と立ち去っていった。


「ではタラナス(Taranath)、あなたは我々にどうしろと言うのです。ベインとその仲間が我らを倒しに来るまで、じっと座って待っていろとでも言うのですか?」名指しされたミーアの長老はテーブルの向かいの同胞に冷ややかな笑みで答えた。「ワシの発言を勝手にねじまげんでもらいたいな、シャバンス(Shavanth)よ。ワシはブリタニアとは関わるなと言っとるんだ。ワシら一族の災難は全てあいつらと関わったせいで起きておるんじゃ! それにラサンラ(Rathanra)は使いを勝手にエセリアル要塞(the Ethereal Fortress)に送りおって……」

「私が使いを送るのに、あなたや評議会の同意は必要ありません。彼らがどちらにつくかは我々が評決で決めることではないでしょう。使いを送ったのは彼らが我々の側につきそうなのかどうかを見極めるためです。我々の行動を決めたわけではありません」と、ラサンラは冷ややかに口をはさんだ。「それから、あなたの先ほどの主張についてですが、何年も前に我々がジュカ族(Juka)を討ち払い、種族滅亡を回避できたのも、ブリタニアの支援があったからなのですよ、あなたはお忘れかもしれませんけれど。それに、今でもなおブリタニアは私たちの味方です」

「私たちの味方じゃと! ワシらを襲うベインどもを助けているのが誰か知らんとでも言うのかね? まさにお前さんが守りたがっているブリタニアの民じゃよ! 助けが欲しいなら、ガーゴイルにでも頼めばよいんじゃ」と、冷笑を浮かべたままタラナスは辛らつに言い放ち、言葉をつづけた。「ヒューマンとエルフは信頼できんな! 奴らの一貫性のなさと悪行は何度となく見せられてきたからの!」

苛立ちで毛を逆立てたラサンラは、両手をテーブルにバンと叩きつけた。「タラナス、あなたは非干渉というご自分の理想に執着しすぎです。確かにベインに与するブリタニア人もいましたが、それはほんの一部に過ぎません! それに、これは我々がブリタニアを助けるかどうかの問題ではないのです。我々は自分たちの暮らしを守るために戦っているのですよ。既にベインの選民は我々を標的に定めており、時間の猶予は殆どないのです。ヒューマンが彼らの手に落ちてしまったら、間違いなく次の目標は我々になるでしょう。それにドーン女王亡き今、ブリタニアの人々の団結力がさらに弱まっていく可能性は充分考えられます……。今がベインの選民とバーチューベインに勝つ最後のチャンスかもしれないのです」

議長席に座っていた女性の長老ミーアは、ラサンラがまくしたてる間にゆっくりと立ちあがり、静まるようにと手ぶりで命じた。「この議題については、もう数週間に渡って充分な論議を尽くしてきました。ラサンラとタラナスが同じ主張を繰り返すばかりで、議論は堂々巡りです。このまま同じ話を蒸し返すより、外で待たせている者の話を聞く方がよいでしょう。お入りなさい」彼女が大きな声で最後の一言を言い終えると、ドアが開いてミーアの若い女性狩人が入ってきた。彼女は評議会への敬意を表してひざまずいた。

「この場にお呼びいただけるとは、まことに恐縮です。わたくしトラサラ(Trathara)は、エセリアル要塞のチャープリス大使(Ambassador Charpris)より書状をお預かりして参りました」そう述べると、トラサラは立ちあがってドラサヴァ(Drathava)に封のされた封筒を手渡した。

ドラサヴァは封筒をあけ、静かに書状に目を通した。その表情からは感情を読みとることはできなかった。少し間をおき、ドラサヴァは若い女性狩人に優しく微笑んだ。「ありがとう。よく勤めを果たしてくれました。お下がりなさい」トラサラはもう一度礼をし、ラサンラも退室する彼女に礼を述べた。その後ドラサヴァは評議会メンバーに語り始めた。「決断の時が来たようです。エセリアル軍は現時点ではどちらにもつかないと。つまり、我々が主導権を握らねばなりません。いいですか、手遅れになる前に決断を下さねばならならないのです。やつらと戦わねば。評議員たちよ、決断を」

ラサンラははっきりと同意の意をあらわしてうなずき、シャバンスは一瞬考えを巡らせた後に同じく同意した。タラナスは歯をむき出して唸り、睨みつけたものの、結局は彼も評議会の大多数と同じ決断をくだした。

「これで決まりです。賽は投げられました。どのような結果になるのか、待つとしましょう」


トラヴィス(Travis)は物影で身をひそめ、ベインの選民が集結する様子を注意深く観察していた。数日に渡って選民の動きを追い続けたトラヴィスは、ついに彼らの目的地を見つけ出したのだ。彼はバーチューベインが演説する様子を注意深く窺い、その巨大な悪魔が人々を獣の姿に変えた様子を信じられない気持で監視し続けた。バーチューベインが立ち去ってしまうまで見届けた後、トラヴィスは素早い身のこなしでバーチューベインが消えた方角とは反対方向にこっそりと抜けだした。

背後をちらりと見やり、前に向き直ったトラヴィスは、眼の前に立ちはだかるデーモンに気付いて驚愕した。「ありえない!こいつはさっき……」バーチューベインの大きく太い腕に掴み上げられ、トラヴィスの驚きに満ちた悲鳴はすぐに封じられた。バーチューベインはこの密偵を木に叩きつけた。衝撃でトラヴィスの骨はくだけ、視界が暗転する。血へどを吐き、なんとか視界は回復したが、足が言うことをきかなかった。「ち、畜生……Kal Ort……」トラヴィスの詠唱は、バーチューベインが踏み下ろした太く巨大な足の一撃で、トラヴィスの命と共に消し去られた。もう一体のバーチューベインが現れたのは、その時だった。

「ブリタニアの奴らは、女王の死で士気を失った者ばかりではないようだな」二体のバーチューベインは、それぞれの手中にある鮮やかな空色に輝くクリスタルの破片を見下ろした。片方のバーチューベインは辺りを見回して調べ、最初に居た方はひざまずいて踏みつぶされたトラヴィスの死体を裏返した。「我に始末されたことをありがたく思うがよい。うぬの国はもうすぐ我がものとなるのだ……。葬儀の場で我がクリスタルを手に入れた時、誰も大した攻撃ができなかったところを見るに、どうやら、うぬらの兵はあの小娘ドーンが謙譲(Humility)の力を宿らせた剣を持っているわけではなさそうだからな。そうとなれば、兵がいくら集まろうと我に太刀打ちなどできまいて」

クックッと笑ったバーチューベインは立ちあがり、再び死体を見つめた。命の炎が消えた躰をゆっくりと片手でかき集め、大股で数歩歩いたバーチューベインは、ヘルハウンドの群れの中にそれを投げ入れた。濡れた厚手の布地を引き裂くような音と共に、たちまち死体はむさぼり食われた。

バーチューベインは再び大股で歩きはじめ、全く同じ姿かたちのバーチューベインたちが集う場所へと向かった。彼に盾突く邪魔者どもに、永遠の勝利をおさめる時がついに来ようとしていた。


EM Drosselmeyer著

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