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オークと爆弾

投稿日:2002年9月21日


全シャード
オークの基準から見ても、フッド(Fud)とグリンデック(Grindek)は頭のいいほうではなかった。高い木の枝にしがみついている、こんな危機的状況に至っても、その事実が覆ることはなかった。一般にオークは、頭が悪いと言われることを好まなかった。その手のメッセージは頭をガツンとやられるような衝撃的な形で送られてくるのが常なので、とくに嫌がった。しかし、自分で自分は頭が悪いと認めることは、それよりずっと嫌なことだった。

フッドとグリンデックはオーク爆弾師(orc bomber)だった。科学は、彼らにとって恐ろしいほど最先端の技術であり、オーク爆弾師は慎重に選ばれた存在だった。しかし大多数の候補者は、今の仕事を続けるようにと追い返されてしまった。なぜなら、彼らは平均以上に優秀なオークだったからだ。結局、大きな破壊力にあこがれて志願してきた、部族の中でもあまり頭を使わないほうの連中が選ばれることになったのである。爆弾師は、新しくて難しくて、大変に危険な仕事だった。仕事中に爆弾師が命を落とす事故は、毎日のように起きた。その原因の多くは爆弾師自らのミスによるものだった。薬剤の調合を間違えたり、誤って爆弾を床に落としたり、中でももっとも多かったのは、出来上がった爆弾の味見をするというミスだった。

自らのミスによってバタバタ死んでいく爆弾師が、フッドやグリンデックのような連中、つまりオークの間でコケにされるほどの超強力な馬鹿ばかりだったことは、部族にとっては幸いだった。フッドとグリンデックは、特に無知で無学であったことを買われてこの仕事を得た。彼らは、他のオークをほとほと呆れさせ、首を横にふって重いため息をつかせるほどの完璧な薄ら馬鹿であった。部族でもっとも危険なこの仕事に就くことができるのは、そんなごく一握りの特別なオークだけだった。人々は、フッドとグリンデックを爆弾試験師(bomb-tryers)と呼んだ。

爆弾試験師という職業の存在意味を疑う者がいるが、それは間違っている。ちゃんとした爆弾師は、より強力な爆弾を開発するために、新しく調合した爆薬を試験する必要に迫られる。また、ちゃんとした爆弾師は頭がいいので、自分で実験しようなどとは思わない。そこで部族の長たちは、爆弾試験師という職種を新設したのである。その仕事には、フッドやグリンデックのような完全な馬鹿を採用した。ほとんどの場合、刺激を好む彼らは大喜びで仕事に飛びついてきた。

ところが、今日の任務は刺激が強すぎた。新型爆弾を何かに投げつけて爆発させるだけという、本来ならばごく簡単に片付く仕事のはずだったのだが、お気楽な午後は、とんでもない悪夢に変わってしまった。指先だけで辛うじて枝からぶら下がっている2人の足のはるか下方の草むらの中には、無数の巨大な虫たちがうようよしている。彼らは2人を見上げながら、カチャカチャと顎を鳴らしたり甲高い声をたてて互いに話をしているようだ。楽しい話をしているようには見えなかった。

『どーすんだよう?』フッドはオーク語で言った。

『でっかい虫がいなくなるまで待つ』グリンデックが不安そうに答えた。

地面では、1匹のソーレン(Solen)が、だらしなくぶら下がっている2人を見つめながら、腕を使って木を激しく揺さぶった。あの虫はニヤニヤ笑ってると、フッドは思えてならなかった。

『ぜんぜん、いなくならないぞ』フッドは必死に枝を握り直しながらベソをかいた。

『いやなら、もっと上に逃げれ』グリンデックも枝を握り直しながら、怒るように言った。

『オレがか?お前が先に行け!オレはお前の後から行く!』フッドは怒鳴った。

あのソーレンがまた木を激しく揺らした。2人は震え上がった。ソーレンのすぐ近くの地面には大きな穴が開いていて、そこから次々と巨大な虫が這い出してくる。フッドとグリンデックは枝を握り直し、腹を立てて互いの顔を睨み付けた。

『オレがお前の後から行くんだ、フッド!』グリンデックは怒鳴り返した。

『オレが先にお前の後についてくって言ってんだ、バカ!』フッドも言い返した。

ソーレンはまた木を揺らした。松ぼっくりでも落とそうとしているかのように、それは枝からぶら下がる2つの緑色の餌を見つめている。

『バカじゃない!』グリンデックは忍耐の限界に達した。足の下で口を開けている状況をすっかり忘れ、彼はガルルと唸りながらフッドの腹を蹴り上げた。フッドもグリンデックの腹を目掛けて蹴りで応戦した。2人は、辛うじて枝からぶら下がった状態のままで、激しいけり合いを展開した。

その様子をソーレンは、黙って見つめていた。

2人のオークは喧嘩を続けた。今は非常に危険な状況にいるという事実は、なかなか彼らの脳ミソには戻って来なかった。2人の腰のベルトには、爆弾師が開発した大きな新型爆弾が縛りつけられていた。蹴り合いの間、彼らはこの壮大にして劇的な大爆発によって使用者を殺害せしめること以外にほとんど使い道のない爆弾も蹴飛ばしていた。そのため爆弾の紐は次第に緩み、やがてそのうちのひとつが、するりと解けて落下を開始した。このときになって、やっと2人は蹴り合いをやめ、落ちてゆく爆弾に目をやった。

大きな爆弾がくるくると回転しながら、地面までのまっすぐの道のりを、際どく枝葉の間を縫いながら落ちてゆく様は、スローモーションのようにゆっくりと感じられた。ソーレンもまた、落ちてゆく爆弾を見つめた。爆弾の落下を目で追う巨大な虫たちの頭が揃って動いた。やがて爆弾は地面に到達し、あたりは猛烈な閃光と耳をつんざく轟音に包まれた。

次の瞬間、フッドは目を瞬かせた。彼は大きな枝を抱きかかえるようにして、木にへばり付いていた。あたりを見回すと、グリンデックが木のてっぺんのいちばん高い所にある枝にしがみ付き、振り子のように大きく揺れていた。2人は互いを確認すると、煙を燻らせるソーレンの死体が転がる黒焦げの草むらに向かって、木を降り始めた。

そのとき、何かが裂けるような大きな音に周囲の空気が振動した。すると木が大きく揺れ、やがてゆっくりと、しかし確実に傾き出した。グリンデックは、急速に自分に向かってくる地面の穴に気づくと、木の枝にしがみつき硬直した。そして、大きな音を立てて木が倒れると、グリンデックは真っ暗な穴の中へ真っ直ぐに落ちていった。

ものすごい音がして地面が揺れた。フッドはしがみ付いていた倒木の枝から振り落とされると同時に、穴から巨大な火柱が立ち上り、大量の灰が噴き出した。穴はそのとき、グリンデックの墓と化した。驚くのも忘れるほどびっくりしたフッドは、よろめきつまづき、煙を立ち上らせている穴に転落してしまった。穴は、ほんの一瞬前よりも、少しだけ大きくなっていたのである。目眩でぼやけたフッドの目には、焼け焦げたソーレンの体が散乱する穴の底が見えていた。

なんか変だ。ソーレンの黒焦げの死体がどんどん近づいてくる。フッドは取り乱した。ソーレンは死んでるはずなのに!なぜ動く?すっかり混乱したフッドだったが、あることに気が付くと、奇妙な安心感に包み込まれた。『ああ……アリンコが近づいてるんじゃない。オレが落ちてるんだ!』ドサッという音とともに、彼は穴の底の柔らかい土の中にめり込んだ。グリンデックの爆弾の余熱で、土はまだ温かい。幸いなことに、フッドの爆弾はグリンデックの二の舞にならずに済んだようだ。

だが待てよ。自分は今、アリンコの穴の中にいる。さっきまで、この穴の中からアリンコは次から次へと這い出して来ていたのに。グリンデックの爆弾が爆発するまでは……。そうか、この新型爆弾が役に立ったんだ!オレはまだひとつ持ってる。みんなに見せてやれる!今やフッド様は"えらい"爆弾試験師だ!部族の爆弾師は、みんなオレを尊敬するぞ。フッドは喜び勇んで、陽光まぶしい地上へと這い出した。

今日はいい日だ。フッドは命拾いをした。だから今はフッドが爆弾試験師の頭だ。早くそれを自慢したくて、彼は家路を急いだ。嬉しくて嬉しくて、背後に大きな翼を広げた陰が近づいてくるのも気付かないほどだった。翌日、オークの一団が巨大なワームの死体を発見した。しかしそのワームの首から先が吹き飛ばされたようになくなっていて、周囲が真っ黒に焦げていましたとさ。

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