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野獣

投稿日:2001年12月24日


全シャード
心の中で声がした。起きよ、大地の子よ。その時が来た。

ダーシャ(Dasha)を再び立ち上がらせようとする先祖の声である事は分かっていた。だが、傷の酷さは全く動けない状態である事を示していた。彼女は忘れ去られた洞窟の床の上で、闇に住む捕食者に飲み込まれようとしている、無抵抗な餌として横たわっているだけだった。巨大な獣が、すぐ近くで舌なめずりをしているのが分かる。

彼女が目を開けると、蝋燭の火が暖かな金色に輝いていた。その火は、鏡の様に光る鱗に反射して、より輝きを増していた。その光が鋸の様に並んだ二列の歯に反射する。これこそ、不名誉と言う悲劇に侵された種族の偉大な戦士である、ウォーロード・ケイバー(Warlord Kabur)の言う彼女の運命だった。ジュカ(Juka)は再び、野蛮に身を落としたのだ。彼女の嫌悪は、その獣の不快な息を聞く度に増していき、心の中で燻っていった。

妄想はお前を救いはせぬ、と心の中で声がした。

それはケイバーが去った時の、最後の言葉だった。

その獣は闇の中から大きな音を立てて近づいて来る。その背は低く、巨大で、その尾を引きずり、爪で洞窟の石の床を引掻いていた。ダーシャの体は硬直した。力は残されていなかった。彼女は自分をヒール出来る状態ではなく、戦える状態でもなく、弱りきっていた。だが、その場から逃げ出すくらいの力は残されている様だった。獣の住処の中で、彼女はこのまま死ぬ事と感じていたのだが、ほんの僅かではあるが、希望が見えてきた。先祖達が彼女に生きる為の少しの時間を与えたのだ。彼女はその贈り物に感謝した。

彼女は立ち上がる為に、手を床につきながら体を起こした。そのモンスターは驚いて暗がりに一歩退き、蒸気のような蒸し暑い息を吐き出した。ダーシャは何とか起き上がり、半分屈み込む様な姿勢で立ち上がった。モンスターの背後に出口の光が見える。脱出できるかどうかは、彼女の最初の動き一つにかかっていた。

彼女の後ろで何かが炎に照らして光った。後ろを振り向くと、瓦礫に長尺の武器が横たわっていた。それはケイバーのハルバードだった。彼女の血がその鋼鉄の刃に付いていた。

あのジュカが、彼女が身を守れる様に武器を残しておいたのだ。

心臓の鼓動が高鳴った。彼女には素手で戦うだけの力は残されていなかったが、ハルバードは、その爬虫類を退ける可能性をもたらした。一歩下がり、その矛を手に入れた。モンスターは大きく口を開け、腹這いに進み、悪臭を放つ警戒音は攻撃の意志を示している。ダーシャはハルバードの柄を手に取り、その重量を確かめ、獣の細長い舌に向け一撃を放った。耳を打つような物凄い唸り声が、洞窟に響き渡った。

その長い胴体の生物を飛び越えようとしてつまずいた。固い尾が彼女に向けて打ちつけられる。ダーシャはひざまずき、ハルバードの必死の打撃でその肉を裂いた。獣は唸り声をあげながら、辺りをぐるぐると回っていた。ダーシャはハルバードの尖端を爬虫類の口に突き刺し、外皮より柔らかいその肉を切り裂いた。彼女は最後の力を振り絞ってハルバードをより奥へと押し込んだ。ダーシャはとびすさった。モンスターは彼女の後ろでのたうち回っていた。

傷の痛みは始終彼女をふらつかせた。暗闇の中を、彼女は前方にある出口めがけ、手探りしながら進んでいった。捕食者が追って来なくなった時、歩調を緩めはしなかったものの、彼女に安堵の感がどっと押し寄せた。ただ一つの考えが彼女の心に浮かぶ:ケイバーは私を殺そうと置き去りにしたのではない。私が間違っている事を分からせる為、生かしておいたのだ。奴の中に名誉がまだ残されている事は分かったが、あの狡猾な蛇め!

彼女は、全ての方向の感覚が無くなるまで、岩に囲まれた薄暗がりの中を前へ前へとよろめきながら進んで行った。すると、黒い石が光が瞬くクリスタルに変わったかと思うと、ミーア(Meer)のヒーラー達に抱えられていた。彼らはダーシャを、行く場所を失ったミーア達が避難した山間の窪地、遠い昔先祖達の住んだ、澄みきった奥地へと連れて来たのだった。光り輝くホールの中で、ヒーラー達は彼女の傷を治療した。そして彼女を師アドラナス(Adranath)のいるエメラルドの謁見室へと案内した。ダーシャはその場で、大賢の魔術師に自分の体験を詳しく報告し、彼は憂いに沈む溜息で答えた。『ジュカが名誉を知ると?それはさして重要な事ではない、我が子よ。奴らの主人エクソダス(Exodus)は、覆しがたい、致命的な嵐をイルシェナー中に吹かせたのだ。人々は途方に暮れ、冬は間近だ。我々はジュカに罪を償わせるべく、奴らを打ち倒さねばならんのだ。』

『しかしながら、我が主よ、彼らは全く救いが無い訳でもありません。以前より野蛮の度を増しはしましたが、それ程酷くもありません。エクソダスが道を誤らせているのです。エクソダスを屠り、ジュカを元の状態に立ち戻らせましょう。古代からのバランスを過去の物にしてしまう必要はありません。』

『ダーシャよ、お前が実行責任者だ。すべきと思う様に為すが良い。ただ、我々の呪文と兵は準備が出来ている。明日、我らの敵はいにしえの秩序を見くびった代価が如何なるものか知る事になろう。』

クリスタルと炎の瞬くこの神殿では、朝日がかき消されていた。彼女は殆どの時間、復讐に飢えた装甲兵達の軍勢を見て歩き、兵達と過ごした。これ程までに巨大に組織されたミーア軍を見るのは初めてだった。行動開始となった時、彼らは完璧な統率の内に進み始めた。魔法が彼らを包み、星の如く輝いた。ミーア軍の見事な姿に、彼女の心はどす黒い喜びで満たされた。全くの所、戦闘が始まったなら、ジュカ達は彼らの行いを後悔する事になるだあろう。

それでも、ジュカが真の敵なのではない。彼女の先祖達それこそが、彼女にそう学びとらせた。エクソダスと呼ばれるものが世界にこの悪夢をもたらし、そして奴こそダーシャが真の敵と考えている存在だった。ミーア軍が出陣する時、ダーシャは彼女の不満の思いをジュカの謎多き主の下までもたらすだろう。その時恐らく、真の正義がこの混沌の中から生まれるだろう。そしてその時恐らく、彼女の心の中で未だ燻り火花を散らす残り火が鎮まる事だろう。
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