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思惑ふたつ

投稿日:2002年9月9日
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またか、と彼は舌打ちした。前を歩いていた市長が立ち止まり、あごに左手をあてるのを見たからだ。市長がくだらない事を言い出す時の決まった仕草だ。

「マルコス(Marcos)君、あの妙な囲いはなにかな?」

「はい、畑に立てられた異国様式の囲いでございますか」

「うん、ああそう。その、妙な囲いだよ。以前来た時は無かった様に思うんだがなあ」

彼としては最大限皮肉った言い方をしたが、市長は全く気づく様子がなかった。

「あれは、新年祝いの催しのため立てられた施設の一部です。土地の確保に都合が良いからと、市長のご指示で囲いのみ残してある物ですが。」

市長はだまって畑を眺めていたが、顔色一つ変える様子はなかった。そしていつもの様に、癇にさわるのんびりした大声でしゃべりだした。

「ああ、おーおーおーおー、うん、確かにそう言う事が間違いなくあったかも知れないね。でもね、うん、あれでは農家の皆さんは農作業がまるでできないじゃないですか。うん、それはいけませんねマルコス君。今日の内に撤去する事で如何ですか。」

「かしこまりました、市長」

彼は、市長の矛盾を指摘する様な情熱を、もはや持ち合わせていなかった。彼に情熱があった頃でも、説得の結果はいつも疲労と無力感が得られるだけだった。

記憶力が弱いと言うよりも、市長は昔の事を覚えておくつもりが全く無い様だった。それでいて決断だけは誰よりも早いのだから、次から次へと下される予想外の指示に、周囲の者達は常に振り回される事になった。憮然として指示を書き留めていた時、マルコスは何か不吉な事が起こったと感じた。市長がまた左手をあごに持っていくのが見えた。

「いや、まってくださいよマルコス君」市長の目はいつになく大きく見開かれていた。

「何か大勢の人が集まって来ていますよ。囲いだけにしてはえらく賑わっているではありませんか」

マルコスにも意外な事だった。慌てて指示を書き留めようとしていた手帳をめくりだした。

「ああ、はい。今朝に急ぎの申請が入っています。コンパニオンと称する団体が、ヘイブンで行う催しの臨時集会所としての使用を申請していました。」それにしてももの凄い人数だ。と中をのぞき込んだマルコスの顔が、途端に険しくなった。

「なんだあのステージは・・・建築の許可を出した覚えは無いぞ!申し訳ありません市長、すぐに撤去するよう指導いたします」

意外な言葉が駆け出しかけたマルコスを押しとどめた。

「そのまま!いやそのままにして置いてくださいマルコス君。いやー素晴らしい。素晴らしいではないですか。まさに季節は夏なんですよマルコス君!」

苛立ちを感じるよりも、彼は単純に驚きと当惑とを感じていた。市長の新たな決断にここで立ち会うとは、長らく補佐に倦んでいた彼も予想していなかった。

「一体どのようなお考えをお持ちなのですか、フィニガン(Finnigan)市長?」左手をあごにあてたまま、市長は笑みを作った。

「至急かねてより検討中だった、花火大会の計画を進めるのです。一週間の内にです。あの施設はそのまま接収して、大会設備にあてて下さい。ふっふ、はっはっはっはいやー素晴らしい!」

***************************************


ヘイブン市街から北西にやや歩いた所、その頃そこでは、もう一つの異なる思惑が生まれようとしていた。

「これね、これなのね、コンパニオンとやらが作っていた建物は」

身につけたその装飾品だけでも、ヘイブンで彼女を見間違える人はいないが、彼女の声を聞けば街の反対側にいながら彼女の企みを知る事が出来るだろう。

「整然と並んだ机!大きな指示ボードに・・・ああ何から何まであつらえた様にぴったりじゃないの!この施設を元に設備を整えればあいつとその取巻きなんか。ひと月もあればそうね・・・これなら、これなら勝てるわ。見てらっしゃい、学校の名前は何にしようかしら、ふふ、うふふふ、ホーッホッホッホ!」

屋敷の中で、駆け出しの冒険者達の相談に乗っていたウゼラーン(Uzeraan)にも、彼女の高笑いは届いていた。不安がる若者達に彼は肩をすくめて見せた。

「カーミラ(Carmela)め。また何かよからぬ事を考えついたかな。ヘイブンでの勢力を伸ばそうと何かと私につっかかってくるんだが。私の使命、いや大げさか。仕事の邪魔だけはしないで置いて欲しいな。ははっ」

彼女がその使命に立ちはだかる存在になる事は、彼も予測する事はできなかった。
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